第38回 天空のインベーダー

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 ヨコヅナクマムシを飼育していると、飼育培地の中に、クマムシではない生きものが突如として出現することがある。それが、以前に紹介したヒルガタワムシである。ヒルガタワムシの大きさはヨコヅナクマムシの半分から3分の1くらいだ。気付くとこの生きものが多数、ヨコヅナクマムシの培地を縦横無尽に這いずり回っているのだ。わがもの顔で。顔、ないけど。 

 培地に使っているプラスチック製のペトリディッシュは無菌。培地に加える水もボルビックや蒸留水を使っている。エサとして与えている生クロレラV12の容器の中にも、ヒルガタワムシはいない。こいつらは、どこから紛れ込むのだろうか。培地の中で、無から自然発生でもしているのだろうか。いや、そんなはずはない。

 そうすると、残る可能性は空気中からの混入以外に考えられない。ヒルガタワムシも高い乾燥耐性、つまり乾眠能力をもつので、カラカラに乾いても死なない。カラカラの状態でそこらへんの空中をホコリのように漂っているのだろう。私たちも知らずに吸い込んでいる可能性もある。

 このヒルガタワムシ、飼育培地の中で何も悪さをしなければ良いのだが、こいつらはヨコヅナクマムシと同じく生クロレラV12を食べる。しかも、増殖速度はヨコヅナクマムシの比ではない。あっという間に培地の中がヒルガタワムシだらけになってしまい、ものすごいスピードで生クロレラV12が消費されてしまう。ヨコヅナクマムシの生育にも悪影響が出てしまうのである。

 そしてヒルガタワムシがいったん培地に入り込んでしまうと、除去するのが大変になる。ヒルガタワムシが混入した飼育培地からヨコヅナクマムシだけを新しい培地に注意深く移すことになるが、それでもヒルガタワムシがクマムシの体にくっつくなどして紛れ込んでしまう。ヒルガタワムシは小さく透明なので、見きわめるのも難しい。ヒルガタワムシが1匹でも紛れ込むと、無性生殖により増殖してしまうのである。

 ヨコヅナクマムシの安住の土地であるはずの飼育培地。そこにずうずうしく忍び込む、天空からのインベーダー、ヒルガタワムシ。いっそのこと、こいつらも研究対象にしてしまおうか……。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad