第36回 女子会好きなヨコヅナ

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 ヨコヅナクマムシにはオスがいないようだ。メスは交尾をせずに自分自身で卵をつくって産む。オニクマムシと同じである。ただし、オニクマムシとは異なり、ヨコヅナクマムシは産卵のときに脱皮をしない。卵は、脱皮の殻の中で保護されることなく、外に放り出される。

 ヨコヅナクマムシの卵の表面には細い毛のような突起物がある。野外では、この突起物がコケにからまりつくはずだ。降雨により水流が起きても、彼女らの住処であるコケから卵が外に流れにくくなるのだろう。

 飼育培地を観察すると、多数のヨコヅナクマムシが1カ所に集まっている光景がしばしば見られる。クマムシどうしが集合する行動は、ヨコヅナクマムシ以外の種類では見たことがない。彼女らは集合フェロモンのような物質を放出しているのかもしれない。

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 ヨコヅナクマムシが女子会を開いている場所には、決まって多くの卵が産み落とされている。そして、飼育培地に1匹だけ入れて飼育をしたときよりも、集団で飼育をしたときの方が、1匹あたりの産卵数は圧倒的に多くなる。もしかすると、集合フェロモンに加えて、互いの産卵を刺激する物質も放出しているのかもしれない。集合して産卵を同調させることで、何か得なことでもあるのだろうか? 社会性のある生物であれば、協調して育児を行なえるメリットもあるだろう。しかし、ヨコヅナクマムシは平気で育児放棄をする生きものであり、自分がおなかを痛めて産んだ(かどうかは知らない)子どもの世話などまったくしない。この集合産卵行動の意義は、まだ謎のままである。

 交尾をせずに1匹で卵を産んで増えていくヨコヅナクマムシ。私は、飼育培地に1匹ずつを入れて飼育を行ない、もっとも多くの卵を産むヨコヅナクマムシの個体を選抜した。この個体の子孫を何世代にもわたって増やし、遺伝的に同一の集団である、ひとつの系統を確立したのである。このように遺伝的にバラツキのない系統をつくることは、生物学研究において再現性を確保するために重要なのである。

 この系統にはYOKOZUNA-1という名を与えた。「ヨコヅナクマムシ」という名は和名であるため、国際的な名称としては通用しない。だが、「YOKOZUNA-1」はれっきとした国際的な学術名称である。相撲好きの私が、世界の研究者に「YOKOZUNA」と言わせたいがために、この名を付けたことを白状しておく。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad