第34回 手放せない緑の絨毯

[画像のクリックで拡大表示]

 ヨコヅナクマムシの餌、クロレラ。クロレラは、単細胞の緑藻である。だが、クロレラを飼育培地に投入してしばらくすると、クロレラ細胞どうしがくっつき、絨毯(じゅうたん)のようになる。細菌などの単細胞生物は、しばしばこのように互いに接着して多細胞の絨毯になることがある。お風呂や、台所のヌメリと同じような構造だ。これを、バイオフィルムという。クロレラの絨毯、すなわちバイオフィルムの中には、他の細菌も混じっているようにみえる。

 クロレラを与えることで増やすことができる、ヨコヅナクマムシ。培養する必要があるワムシを頻繁に与えなければ増えないオニクマムシに比べれば、飼育をするのは断然ラクになった。だが、ヨコヅナクマムシを飼育するうえでも面倒な点がひとつある。その原因が、クロレラの絨毯なのだ。

 クロレラは、ヨコヅナクマムシの飼育培地に投入してから1週間ほどで劣化する。劣化したクロレラを食べさせ続けると、ヨコヅナクマムシに悪影響が出る。よって、クマムシたちを古い培地から新しい培地に移し、フレッシュなクロレラを与えてやらなければならない。だが、彼女らはクロレラの絨毯に鋭い爪でがっしりとしがみつき、なかなか離れない。布団にしがみつくネコや、木にしがみつくカブトムシと同じだ。クマムシと劣化クロレラを分離するのは、とても難しいのである。

 クマムシだけをピックアップするには、先端を細くしたガラス製のパスツールピペットでクマムシを1匹ずつ吸い取っていくことになるのだが、これが面倒くさい。熟練度の高いクマムシ研究者でも、ひとつの培地にいるおよそ500匹のヨコヅナクマムシを新しい培地に移すだけで1時間ほどかかってしまう。

 肉食のオニクマムシよりも飼育が飛躍的に簡単になったとはいえ、ヨコヅナクマムシの飼育もなかなか面倒なのである。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad