最終回 「弱さが武器」のクマムシ

[画像のクリックで拡大表示]

 透き通った体。どこかたよりない、ひ弱な足取り。ドゥジャルダンヤマクマムシ(以降、ドゥジャルダンと呼ぶ)は、これといった特徴のない、いたってフツーのクマムシだ。だがこのドゥジャルダンこそ、いま、クマムシの中でもっともよく研究されている種類なのだ。 

 何の変哲もないドゥジャルダンがスターダムにのし上がってきたきっかけは、1987年のこと。英国の微生物専門販売会社「Sciento」のロバート・マクナフ氏が、英国ボルトンの池の底から、ドゥジャルダンを採集。彼はこの種の継代飼育に成功し、通販をするまでになった。「Sciento」ではドゥジャルダンおよそ100匹を8ポンド75セント(1ポンド=160円で計算した場合は1400円)で販売している。

 このような安定した供給ルートができたため、2000年代に入ってからドゥジャルダンを研究対象とする研究者が増えてきた。動物界におけるクマムシの系統的位置についてはまだ謎の部分があり、これを明らかにする目的でドゥジャルダンを用いて研究されるケースが多い。

 ドゥジャルダンは「植食性」。緑藻を食べる。Scientoでは、同種の餌である緑藻類の一種、クロロコッカムも販売している。ヨコヅナクマムシの餌として使っている生クロレラ-V12でも増える。飼育温度はやや低めの15〜18℃。私もドゥジャルダンを購入して飼育しているが、何といっても驚くのはその増殖能力である。

 ドゥジャルダンは卵から孵って1週間ほどすると成熟して産卵を開始する。卵は脱皮した殻の中に産みつける。一度に産む卵の数は、多いときで30個以上にもなる。この数は、ヨコヅナクマムシの5倍以上だ。このようにすぐ増えるドゥジャルダンは、実験生物に適しているといえる。

 ただし、ドゥジャルダンには弱点がある。乾燥にあまり強くないのだ。もともと池の中に住んでいた種類なので、乾燥への適応度が高くないのは無理もない。ヨコヅナクマムシを乾眠にするのと同じ条件で急速に乾燥させると、死んでしまう。ドゥジャルダンをうまく乾眠状態にさせるためには、高い湿度のもとでひじょうにゆっくりと乾かさなければならない。

 ドゥジャルダンの乾眠能力は低い。その一方で、ヨコヅナクマムシは乾燥に強い。両者ともおなじヤマクマムシ科に属する近縁種どうしなのに、この乾眠能力の違いはどこからくるのだろうか。この2種類のクマムシを比較することで、その謎が解けるかもしれない。たとえば、両者が使っている遺伝子やタンパク質を比べることで、どの因子が乾眠能力の鍵なのかが推定できる。私がいる慶応義塾大学クマムシ研究グループでも、荒川和晴特任准教授らが実際にこのような戦略で研究を行っている。

 たとえ弱くても、いや、弱いがゆえに、強さの秘密を解き明かすための武器になりうるのである。

おわり

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad