第150回 群れをはぐれた謎の幼虫、昆虫探偵が捜査

ハバチの幼虫 (ハチ目:ハバチ亜目)
Sawfly larva
真横から撮影。透明感があるのがわかる。影ができる物体が前にあると、体を持ち上げ伸ばし、移動する。
体長:約20 mm 撮影地:モンテベルデ
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 12月4日の風の強い午後。ラボの外でノートパソコンを開き、メールの返信などしていると(ここだとネットが繋がる)、Tシャツのお腹辺りを1匹の幼虫が登ってきた。

 ハバチの幼虫だ(ハバチは第147回で紹介)。初めて目にする種だった。

ハバチの成虫(ハチ目:ハバチ亜目:ハバチ科:シダハバチ亜科)
Selandriine sawfly adult
今回紹介するハバチとは別の種。飛ぼうとしているところ。以前、幼虫から飼育したもので、現在も研究を継続中。
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 ぼくはこれまでにモンテベルデの自宅周辺で8種のハバチの幼虫を確認しているが、そのうち5種について、エサとなる葉っぱ(食草)を記録したのはぼくが最初だ。それぐらい、中南米のハバチの生態はわかっていない。

 ぜひ飼育してみたい。とは思うものの、飼育を始めようにもわからないことばかり。この幼虫がいったいどこから来たのか? 何を食べるのか? 「昆虫探偵ニシダ」の推理力が試される場面だ。

『今日、ぼくは森を歩いたりしていないので、幼虫はぼくにくっついてきたわけでなく、歩いてここまで来た可能性が高い。ハバチの幼虫の多くは、群れながら植物のやわらかい若い葉を食べる。近くの植物を食べていたと考えられる』

 まずは幼虫のいそうな木を探してみた。条件は、若葉があること、色や模様が幼虫のものと似ていること、葉にかじられた痕がある、他にも幼虫たちがいることだ。

 近くのヤブコウジ科の木に若葉がたくさん出ていて、食べられた痕があった。幼虫は見当たらなかったが、まずは可能性の高いこの葉を食べるか、試すことにする。飼育用のビニール袋の中に、幼虫と葉を入れてみた。あと、近くのフトモモ科、ミズキやコナラの若葉も入れておいた。

幼虫をヤブコウジの茎にのせてみた。幼虫の色模様が茎になんとなく似ていると思った。幼虫の大きさは約20ミリ。
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 翌12月5日。最初の試みでは、幼虫はどの葉も食べようとせず、袋の内側の上の方を歩き回っていた。

『幼虫がサナギになる場所を探している可能性も捨てがたい。今度は幼虫を土、枯れ枝、小石などと一緒にシャーレに入れて、マユをつくるかを確認してみよう』

 12月6日。幼虫は土の中に潜らず、うろうろとシャーレのなかを歩き回っていた。サナギになろうとしているわけではないようだ。幼虫を飼育袋に戻し、別の植物(キクの仲間2種、ヤナギとマタタビの仲間)も追加したが、幼虫はやはり何も食べない。相変わらず、袋の上のほうをうろうろしている。

『どうしようか? あきらめて、このまま幼虫を保存(茹でてからエタノール漬けにする)しようか? そんなことを考えてしまう。いや、幼虫はまだ元気よく動いている』

 もう一度、これまでの幼虫の行動を振り返ってみることにした。

『最初に出会った時、幼虫はぼくのTシャツを上へと登ってきた。袋の中でも上へ上へと向かう。高いところにある何かを目指しているのかもしれない』

 幼虫と出会った現場に戻って、今度はそこにある木々を見上げてみた。

 すると、ある木の幹の高いところ、地面から4~5メートルあるだろうかという位置に、アツイタ属のシダの仲間が着生しているのが目に入った。かじられた痕もある。シダを食べるハバチはいるけど、アツイタ属を食べるという話は聞いたことがない。でも、もしかしたらもしかするかも。高枝切りバサミで葉を2枚切り落とし、「食べてくれよ!」と袋の中へ入れてみた。

矢印の箇所にアツイタシダが生えている。高さは地上から4~5メートルある。
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 夕方、変化が訪れた。たくさんある植物の中、シダの葉の裏でジッとしている幼虫の姿があった。食べている形跡はないが、落ち着いた様子だ。フンがお尻にくっついていたので、顕微鏡で観察してみる。それは鉄の錆びた色というか赤褐色をしていた。

『あれ?この色・・・以前、アツイタ属のシダに潜るガの幼虫を研究したことがあるが、今回のフンは、そのときのフンを彷彿させる色だ。このシダを食べるかも・・・期待できるぞ!』

アツイタシダの葉の先端近くを食べた痕(矢印)。幼虫は葉の裏で休んでいるようだ。
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 夜になってもう一度、袋の中をそっと覗いてみた。えっ、シダを食べている? たしかに食べているではないか!

 ホッと一息。「はらぺこだったろうな、よっしゃ~!」 ぼくも晩ごはんを食べることにした。安堵感からか、いつもより食べ過ぎてしまった。翌朝には赤褐色のコロコロのフンもたくさん確認できた。快便のようで微笑ましくなる。「しっかり食べて生き延びてくれよ!」

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