第142回 卵、産んでるやん!

オンコトファズマ属のナナフシの1種(ナナフシ目:Diapheromeridae科: Diapheromerinae亜科)
A stick insect, Oncotophasma sp.
飼育中のメスの前脚から頭部、前胸にかけての接写。オンコトファズマ属は中米に分布していて、これまでに10種ほどが記載されている。
体長:約70 mm 撮影地:モンテベルデ、コスタリカ
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 5月8日、モンテベルデバイオロジカルステーションから森の林道を10分ほど下った谷沿いで、1匹のナナフシを見つけた。黄緑色をしたメスで、オンコトファズマ(Oncotophasma)という属の1種に見えた。

 オンコトファズマ属のナナフシはどれも似たり寄ったり、同定するのが難しい。しかも同じ種であっても成虫の大きさや色が違っていたりするので、何よりオスとメスをマッチングさせることが難しい。

 だから、ある種についてオスとメスの組み合わせを確認するには、交尾中のペアに出会ったところを採集するか、メスに卵を産ませ、こつこつと飼育してオスとメスの成虫を得るしかない。前者の場合は採集したそのときに確認できるが、後者の場合、1年はかかる。

 数年前から、ドイツ人研究者のオスカーとフランク(第107回を参照
)と一緒にコスタリカのナナフシの研究をしているので、見つけたナナフシを早速採集し、袋の中で飼育することにした。お腹が大きいので卵を産むに違いない。それらを育てれば、オスとメスを確認できるかもしれない。

見つけたオンコトファズマ属のナナフシのメス。お腹が膨らんでいるのがわかる。
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 飼育を始めて1週間、2週間、いつ産み落とすかと待ち構えていたが、一向に卵らしきものが見当たらない。餌の植物の葉はモリモリ食べていて、お腹もどんどん大きくなっていくのに・・・。

「産まへんな~」

 もしかしたら、まだ交尾をしていないのか? それともヤドリバエやニクバエに寄生されていて、お腹の中でハエの幼虫たちが育っているのか? そんな想定をしつつ3週間が過ぎた5月31日のことだ。

「どうもおかしい」と思いながら、葉をモリモリ食べているメスを見ていると、お腹の先端の交尾器のところに濃い茶色をした細長い糞がくっついているのに気付いた(上の写真)。

 食べ過ぎで排便の調子が良くないのかな?
 いや、もしかしたら、糞そっくりの細長い卵? 
 そうかも知れない!

 飼育袋の中にたまっている糞を器に全部出して確認してみることにした。

 糞をひとつずつ、指で優しく潰していく。
 すると普通の糞は粉々になるのだが、少し濃い色の糞を潰してみると・・・

 プチッ!
 黄色っぽい液が出てきた。ぼくはハッ!とした。脳の中の霧が一瞬にして晴れた。卵だ!

「産んでるやん!!!」

飼育袋内にたまっていた糞を容器にあけて撮影。卵がどこに、いくつあるかわかりますか? 答えは一番下にあります。
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 ナナフシの卵が、タネや糞のような形をしていることは知っていた。これまでも第33回で紹介したように「楕円形で筋模様が入った」オンコトファズマの卵は見たことがある。だから、糞の中に紛れていたって「きちんと見ていれば、ナナフシの卵は区別できるだろう」と思っていた。ところが今回はそんな思い込みの上を行っていた。

 気付かなかった要因は、まだある。ナナフシの卵で細長いものが、ぼくにとって初めてだったこと、そして、飼育袋の中の湿り気で糞の色が濃くなって、卵の色に似ていたことだ。

 今回の飼育で、触ってみないとわからないぐらいの卵があることを教えられた。これからは、さらに慎重に、顕微鏡できちんと確認したほうがよさそうだ。今はようやく肉眼で、今回の卵を見分けることができるようになった。常に精進せねばということだろう。

 このメスは、1日に2個ほどの卵を産んでいる。計算すると、卵に気付くまでの3週間の飼育中、40個ほどの卵を産んでおり、ぼくはそれらをすべて、糞と一緒に家の前の草むらへ捨ててしまったことになる。

 まあでも、いつか家の前でも卵から幼虫が孵って、森の中で元気に育ってくれる。そうなることを願うことにしよう。

今回見つけたオンコトファズマの卵の接写。長さは約3 mm。
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(答え)オンコトファズマの糞に紛れた卵が8つ。白い丸で囲んであります。
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 オンコトファズマ属のナナフシについて、友人のオスカー(Oskar Conle)に教えてもらいました。ありがとうございます!

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西田賢司

西田賢司(にしだ けんじ)

1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html