第3回 富士山の噴火を怖がり過ぎずに済むこれだけの理由

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 藤田さんが指し示すハザードマップでは、箱根の山頂(駒ヶ岳)から大涌谷に向けて、赤い扇が描かれて、「火砕サージが到達する可能性がある」と注釈されていた。火砕サージは、火砕流よりも軽い成分でできていて、とにかく速く斜面を下り、周囲をなぎ払う高熱の流れだ。その速度、新幹線並み。藤田さんが示したのは、箱根の自治体が作成したハザードマップで、つまりは、自治体が、火山のサイエンスの成果を重たく受け止めて積極的に対策しているのである。火山というのは、日本のあちこちにあって、つまり、ぼくたち全員の問題であるとともに、個々の火山は比較的ローカルな存在だから、個別の対策は市区町村レベルにまで降りていくことが多い。

 さて、火山の科学が社会的な実装にまで進んでいることが印象づけられた。

 しかし、藤田さんは、「実は、火山って、全然分かっていないんです」と強調する。

「マグマ溜まりでマグマが動いて低周波地震が起きるとか言ってますが、マグマ溜まりってどんなものだと思います?」

 ええっと、地下に洞窟みたいに開いた空間があって、そこにマグマが溜まっている。そんなイメージ。

「マグマが液体でチャボチャボとあるというのはたしかにひとつの考え方です。でも、もっとスポンジみたいな状態──マッシュっていいますけれど、そういう状態なのかもしれない。これは地震波を使ったトモグラフィでは分からないんです。それぐらいのレベルの、まだ非常に雑な学問だというふうに思っていただいたほうがいいかもしれないですね」

 噴火を理解する核心に位置するであろうマグマ溜まりの構造について、液体のマグマがチャボチャボしている説と、マッシュポテトのように、あるいはスポンジのようにぐにゃぐにゃになっている説がある。それらが対立して論争になっているという水準ですらなく、ただ「分からない」のだそうだ。

 そんな状況だから、噴火予知についても、直前の予兆を捉えることはできても、何月何日に噴火があります、と述べるのは難しい。逆に、そういうはっきりと述べている人がいたら、たぶん、科学的ではない、何か別の根拠に基づいた言明だ。予言だとか、占いだとか、その類のもの。

 でも、直前の予兆なら捉えられるので、そのつもりで心構えていれば、万全だ。頼もしい。

 などと思い、聞いたならば、藤田さんは、やや困ったように遠くを見た。

「そうとも言えないのが、やはり火山の科学の現状でして──例えば、水蒸気爆発やカルデラ噴火については、ほとんど分かっていなくて、噴火予知以前の問題なんです」

 水蒸気爆発は2014年、多くの貴い命を奪った御嶽山の噴火で知られるようになった。箱根で想定されている噴火も、水蒸気爆発だと聞いたばかりだ。一方、カルデラ噴火とは、地面に巨大な凹地(カルデラ)を残すような破局的な噴火のことで、聞くからに破滅的な響きがある。これらが、予知できないというのは由々しきことではないだろうか。藤田さんの真意とは?

つづく

※第4回「本当に恐ろしい「カルデラ噴火」とは」は10月5日公開の予定です。

藤田英輔(ふじた えいすけ)

1967年、島根県生まれ。理学博士。防災科学技術研究所地震・火山防災研究ユニット総括主任研究員。東北大学連携客員准教授。山梨県富士山科学研究所特別客員研究員。1993年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、同年防災科学技術研究所入所。入所以来、火山観測網の運用やそのデータ解析、数値シミュレーションなどにより火山噴火のメカニズムの解明についての研究に従事。近年は特に地震・火山噴火の連動性に関する評価や地下でのマグマ移動現象の解明について取り組むとともに、欧米やアジアの火山コミュニティーとの連携強化に尽力している。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)(『雲の王』特設サイトはこちら)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、『雲の王』と同じく空の一族の壮大な物語を描いた『天空の約束』(集英社)、ニュージーランドで小学校に通う兄妹の冒険を描いた『続・12月の夏休み──ケンタとミノリのつづきの冒険日記』(偕成社)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。2015年10月に有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を開始した。