第4回 ゴミの山は宝の山

「エジプトで発掘をしている」と言うと、「何かすごいものを見つけましたか?」とよく聞かれる。

 おそらく質問者は、黄金のマスクとまではいかなくても、ラピスラズリやトルコ石など、貴石で飾られた埋葬品といった答えを期待しているのだろう。

 しかし、私が発掘しているのは墓ではなく、古代の住居である。出土するものは日常に使われていたものばかりだ。土器の破片、火打ち石の欠片、動物の骨、炭化した植物の種、炭……言ってみれば古代のゴミである。そういった中で、私が見つけた最大の発見と言えば、「封泥」(ふうでい)と呼ばれる泥の小さな塊である。

〈王家の教育に携わる王室文書の書記〉のヒエログリフが刻印された封泥。(Courtesy of Ancient Egypt Research Associates, Inc.)
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「泥の塊?」と思うかもしれないが、実は、そこには情報価値がある。

 封泥とは、泥の密封材のことだ。それは現在で言うところの封蝋に当たる。欧米では、いまでも封書やワインなどの瓶に蜜蝋(ミツバチの巣から得られる天然の蝋)で封印をし、個人や家系や機関などの紋章をその上に刻印する。

 古代エジプト人も、パピルス文書、箱、素焼きの陶器、ドアなどに、泥で封印を施し、そこに印章や手書きで、仕える王の名前や、持ち主の称号や役職、あるいは内容物の生産地や年の印を付けた。

 私が発掘している4500年前の都市遺構であるピラミッド・タウンでは、有機物であるパピルスはまったく残っていない。そのため、唯一の残された文字資料が封泥なのである。古代においては、封印されたものを開けるときに壊され、廃棄されてしまうゴミだが、考古学的には極めて貴重な情報を与えてくれる。そのため、この泥の小さな塊が発見されると私たちは好奇心をかきたてられる。

 1988年にピラミッド・タウンの発掘が始まってからの17年間で、文字が刻まれた703個の封泥が発見されていた。書かれてあったのは、ワアベト〈清めの場所〉という名称や、第3のピラミッドを造ったメンカウラーの名前、あるいは〈王家の書記〉という称号だった。

 しかし、2005年、私のチームが「土器の丘」と呼ばれるピラミッド・タウンの一区画で発掘すると、そこからなんと2500個を超える封泥が発見されたのである。

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