第5回 「無目的、無制限、無計画」の大切さ

「無目的、無制限、無計画。3つの無、とか言ってます。博物館の仕事は展示と研究だけじゃない。そのために大切なのは標本。そして、標本を集めるスローガンが、『3つの無』です」

 生き物の標本は、情報の宝庫だ。ノボシビルスクのシベリア動物学博物館で、標本の力を実感して帰ってきた川田さんは、世界中のモグラを追いかけると同時に、標本づくり(モグラに限らず)にも邁進しはじめた。当時所属していた名古屋大学のフィールドが、畜産系の実験実習施設でもあり、当時の施設管理者が積極的に動物標本を集める意図を持っていたことも大きい。川田さんは、どっぷりその方針につかって、地元の水族館からゾウアザラシやトドの死体を預かるまでになった。そして、とうとう国立科学博物館の研究員という天職を得た。博士号を取得し「モグラ博士」として世に知られるようになった時には、すでに「標本バカ」(自称)という別の要素を育んでいたのである。

 そして、「3つの無」の境地に至る。

「まず、無目的。研究に役に立つからといって集めるなら、ぼくの場合、モグラばかりのコレクションになるでしょう。ぼくには面白いけど、ほかの研究者には意味がないかもしれない。自分の目的のために集めているだけじゃだめなわけです。そして、無制限というのは、標本って、ひとつだけで分かることもあれば、たくさん見なければ分からないことも多いんです。ヨーロッパモグラの頭骨を8000点見た論文の話をしましたよね。種の中の変異を見るには、やっぱり数を見なきゃならない。ぼくがアルタイモグラを約1800点みて、歯の変異を確認した研究は、8000点の論文に触発されていたんですが、それもやっぱり無目的に無制限に標本化していた博物館のおかげだったわけです」

 いつかやってくるであろう研究者との出会いを待って、無目的、無制限に標本を収容する。それでこその博物館、というのである。これは、字義通りに「すべて」というのは無理なのだけれど、自然史博物館で標本を担当する人たちは、川田さんに限らず、かなり普遍的にそうしたいと思っているようだ。少なくとも、ぼくがこれまで話すチャンスがあった、自然史博物館関係者は、洋の東西を問わず同じ主旨のことを述べていた。

手前の標本はヒナコウモリとカワネズミ(大)とジネズミ(小)。所属する研究者が研究の対象としないものを集めるのも大事な仕事。
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