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プリピャチへ向かう途中、空っぽになった豚の飼育小屋でひと休みするクニャーゼフ氏(通称ジムサイド)。「私を惹き付けるのは、ゾーン内の自由さです」と彼は言う。「ここは2500平方キロの広さがあり、事実上、人はまったくいません。どの家にも、どのアパートにも自由に入って、そこで暮らし、歴史を感じることができるのです」(PHOTOGRAPH BY PIERPAOLO MITTICA, PARALLELOZERO)

チェルノブイリの記憶、立入禁止区域に侵入する「ストーカー」写真16点

2017.12.28
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「ストーカー」の誕生

 チェルノブイリの記憶に触発されて、新たなサブカルチャーが生まれた。独自の名称とシンボルを掲げた複数の集団が、一帯に無断で立ち入るようになったのだ。英スターリング大学でチェルノブイリを研究するスチュワート・リンゼイ氏は次のように指摘する。

「ストーカーは自分たちの行為を、過度に規制された世界からの逃避であるととらえています。そこはもう一つの現実であり、社会の崩壊の断片を理解し、それについてじっくりと考えることのできる場所です。そうした場所の大半はフェンスで区切られており、これを越えていくことには、単なる禁忌を犯すスリル以上に、政治的な意味合いがあります」

 ストーカーは自分たちのことを、歴史を学ぶ者であり、ドキュメンタリー作家であると考えている。彼らの目的は都市の果てしない喧騒から逃れるという行為によって、チェルノブイリの記憶が忘れ去られるのを防ぐことだ。(参考記事:「消えた住民、チェルノブイリ密閉作業」

「ソビエトでの暮らしが展示された、巨大な博物館に行くようなものです。そこでは歴史にじかに触れることができます」。物理学者としての教育を受け、これまでに立入禁止区域内を計11回訪れているアレクサンデル・シェレフ氏は語る。「週40時間の労働とコンクリートの箱の中での生活を離れて、完全な別世界に入るのです。そのとき人は社会問題からも、どこにでもついて回るスマートフォンやソーシャルネットワークからも逃れて、自分自身と向き合うことができます」

【動画】チェルノブイリの立入禁止区域に潜入(解説は英語です)

サイバー空間と現実空間

 ウクライナで開発され、2007年に発売された『S.T.A.L.K.E.R.』(ストーカー)は、チェルノブイリの立入禁止区域を舞台にしたパソコン用ゲームで、ストーカー運動に大きな影響を与えてきた。

「立入禁止区域に違法に入り込めと、プレーヤーを焚き付けたことはありません。ゲームの中のバーチャルな世界と現実世界の区別は付けるべきです」と、ゲーム制作者の一人であるオレグ・ヤヴォルスキー氏は話す。「自分の目で現場を見てみたいというプレーヤーの欲求が相当に強いものだったことは確かでしょう」

『S.T.A.L.K.E.R.』とストーカー運動に対しては、若者特有の自己陶酔であり、現実の悲劇を、終末後の世界を描くSF作品へと矮小化する行為だとの批判もある。

 リンゼイ氏は語る。「事故の被害者の多くが、自分たちは西欧のメディアを中心とする外部の人間から、サーカスの動物のように見られているという気持ちを抱いていました。生存者の第2世代は、直接事故処理にあたった人々よりも人数が多く、広い範囲に居住していて、現在はチェルノブイリに起因する自身の健康問題に直面しています。私が見たところ、高齢の人々は、若者たちが現代のツールを利用してゾーンに近づくのをよしとしているようです」(参考記事:「甲状腺癌、チェルノブイリ密閉作業」

 ストーカーの多くは、自分たちがあの場所と特別な絆で結ばれていると感じていて、一部の人が搾取だと考える行為も、彼らにとっては敬意を払う行為だと見なしている。

「『S.T.A.L.K.E.R.』の狙いは、未知なる自然の力をもてあそぶことの危険性を、人類に警告することでした」とヤヴォルスキー氏は話す。「あのゲームにはまた、若い世代に歴史に関心を持ってもらいたいという目的もありました。チェルノブイリ事故の教訓、そして原子力事故の余波から命をかけて私たちを守ってくれた人々の偉業が、忘れられないようにしたいのです」

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