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米国下院議員17人の前で体験を話すハウワさん。「母国では、誰も私たちの話に耳を傾けませんでした」(PHOTOGRAPH BY STEPHANIE SINCLAIR)

拉致とレイプ、過激派組織の拘束を逃れ、声を上げた少女たち 写真12点

2018.04.17
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 米国ニューヨーク、タイムズスクエアからほど近い街角。路上画家に描いてもらった自分の似顔絵を見て、ヤ・カカさんとハウワさんはくすくす笑う。大きな冬用コートの下から色鮮やかな布地がのぞいてはいるが、10代の少女2人は街に自然に溶け込んでいる。

 こうして安心して楽しめる時間は、「ボコ・ハラム」の拘束から逃れて以来、2人が求め続けてきたものだった。ボコ・ハラムは、アフリカのナイジェリアで多くの犠牲者を出しているイスラム過激派集団だ。(参考記事:「ボコ・ハラムとは何者か、ナイジェリアの混迷」

「逃げ出して、こんな場所に来られるとは全く思いませんでした」。米国への旅を振り返り、ヤ・カカさんはこう語る。被っている帽子には「Washington, D.C.」の文字。「生き延びられるとは、考えもしなかったのです」

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『Too Young to Wed』のシェフ・アブバカル氏とともにラッセル上院議員会館の階段を上るハウワさん。ボコ・ハラムに拉致されたとき、ハウワさんはまだ14歳だった。(PHOTOGRAPH BY STEPHANIE SINCLAIR)

 安全上の理由でファーストネームだけを明かしたヤ・カカさんとハウワさんは、つらい拘束から逃れる前は互いを知らなかった。だが、ほかの生存者や、まだボコ・ハラムに捕らわれている被害者たちのために声を上げるなかで、同じ恐怖を味わった2人は結び付き、ナイジェリア北東部の都市マイドゥグリから米国のニューヨークとワシントンD.C.にやって来た。ボコ・ハラムの脅威について知ってもらい、国際社会からの援助を促そうと、非営利団体『Too Young to Wed(結婚するには幼すぎる)』とともに、米国政府や国連の関係者に面会した。(参考記事:「なぜ人は他人を「敵」か「味方」に分類するのか」

数千人におよぶ拉致被害者

 ボコ・ハラムが世界的に知られるようになったのは2014年、ナイジェリア、チボクの学校から276人の少女を拉致したときだ。だが、ボコ・ハラムによるナイジェリア北東部での残虐行為は2009年から行われており、これまでに250万人が住む家を追われ、2万人以上が殺され、数千人が拉致されている。なかでも女性や少女は、幼い妻や性奴隷として利用され、生まれた子どもはボコ・ハラムの次世代の兵士にさせられる。(参考記事:「幼くして花嫁になるシリア難民が増加、15歳で離婚も 写真7点」

 2018年2月、またも大規模な拉致事件が報じられた。ボコ・ハラムの分派が、ナイジェリア東部の町、ダプチの学校から女子生徒110人を拉致したのだ。(参考記事:「幼くして花嫁に、東欧ジョージアに残る児童婚の現実20点」

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19歳のヤ・カカさん(左)と18歳のハウワさん(右)が、ワシントンD.C.で政府関係者と面会する。(PHOTOGRAPH BY ERIN BRETHAUER)

 ヤ・カカさんが住んでいたバマの村は、2014年にボコ・ハラムの兵士に襲撃された。当時、彼女は15歳。6歳の弟、5歳の妹とともに拉致された。弟妹の行方は今もわからない。

 ハウワさんは、14歳の時、ボコ・ハラムに家に押し入られた。彼女の兄を探してのことだったが見つからず、ボコ・ハラム側は、ハウワさんを結婚のために差し出すよう父親に要求した。拒んだ父はハウワさんの継母と共に殺され、ハウワさんは連れ去られた。

 ハウワさんもヤ・カカさんも、最終的にサンビサの森という密林のキャンプに連れて行かれた。兵士との結婚を強制され、キャンプ内で夫や他の複数の男性から繰り返しレイプされた。そしてヤ・カカさんによれば、「普通の奴隷のように」扱われた。(参考記事:「 最悪の瞬間はレイプの後に訪れた、弾圧される民族ロヒンギャ」

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ヤ・カカさんと姉のヤガナさん(21歳、左)、妹のファリマタさん(14歳、右)。3人ともボコ・ハラムに拉致され、拘束されていた。(PHOTOGRAPH BY STEPHANIE SINCLAIR)

 現在、ヤ・カカさんとハウワさんはそれぞれ19歳、18歳になった。2人とも、拘束期間がどの程度の長さだったか、正確にはわからない。ヤ・カカさんは1年以上、ハウワさんは少なくとも9カ月捕まっていたと考えている。苦難の間、ヤ・カカさんは両親が恋しく、いい食事がしたいと願った。ハウワさんも、たびたび家族のことを思った。

「父が殺されるのを目の当たりにしました。継母も一緒に殺されました」とハウワさんは話す。「母はどこにいるのだろうと、何度も思いました。誰がこのことを母に言うのか、母はどう思うだろうかと」

 奇跡的な脱出を後押ししたのは、子どもができたことだった。

次ページ:脱走した後も続く「第2の悲劇」

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