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ジクホコリ 虹色の金属光沢をもつのは胞子を形成する子実体。高さは最大で2ミリほどだ。(Photograph by Takehiko Sato)

変形菌 美しくも不思議な生き物

2018.03.29
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きのこのように胞子を飛ばして子孫を残す植物的な性質と移動しながら微生物などを捕食する動物的な性質を併せもつ変形菌。その美しくも不可思議な世界をのぞいてみよう。(この記事はナショナル ジオグラフィック日本版2018年4月号「写真は語る」に掲載されたものです)

 ほの暗い森の奥の奥。濡(ぬ)れた倒木の上を這(は)い回る黄色い粘液が、系統樹のごとく無数の枝を広げ鮮やかな模様を描いていた。それはまるで森に走る小さな稲妻のようで、その怪しくも鮮烈な姿は、私の脳天に強烈な雷を落とした。これが私と変形菌の最初の出会いであり、彼らの世界に惹(ひ)き込まれた瞬間であった。

チョウチンホコリ
立ち枯れていたクスノキ科のアブラチャンに、黄色い変形体が広がり、子実体が群生する。チョウチンホコリは菌類を好む特徴があり、ここでもきのこを取り囲んでいた。(Photograph by Takehiko Sato)

 変形菌とは何者なのか。名に菌とついているが、キノコやカビのような菌類ではなく、植物でも動物でもないアメーバの仲間とされる。ライフサイクルに「変形体」と「子実体」と呼ばれる状態があり、前者はアメーバのように自由に這い回ってバクテリアなどを食べ成長する。冒頭の私の出会いはこの状態であり、おそらくバクテリアを貪(むさぼ)り食っていたところなのだろう。変形体はそうやってある程度の大きさになると動きを止め、キノコのような子実体を作って胞子を飛ばして子孫を残す。

 子実体の形態は実に多様で、細い柄に球体が乗っているチュッパチャップスのようなものから、ワイングラスや網目状のもの、金属光沢をまとうものや、赤や黄や青など色もさまざま。未熟な状態では瑞々しく、色鮮やかで、成熟と共に乾燥し、色や形が変化するものも多い。同じ種でも出会うタイミングによって違う表情を見せてくれるのが嬉しい。ただ、数ミリと微小な種が多いので、コツを掴(つか)むまではなかなか姿を見せてくれない。這いつくばって朽(く)ち木の表面を舐めるように見渡したり、落ち葉をひっくり返しながら丹念に探すことが出会いへの第一歩だ。

シロジクキモジホコリ
白い柄にオレンジ色の子嚢が目を引く。高さは1ミリほど。枯れ枝などに見られる。(Photograph by Takehiko Sato)
スミスムラサキホコリ
密生した子実体は高さ6ミリほど。梅雨時から初夏、朽ちた木によく発生する。(Photograph by Takehiko Sato)

 そんな変形菌たちは、意外と身近な場所でも暮らしている。街中の公園でいくつかの種に出会えることもあれば、東京都心に位置する明治神宮の森の生物調査では99種類もの変形菌が記録されている。下のマメホコリの写真はその調査に参加した際に撮影したものだ。数日後に同所を訪れてみると未熟でサーモンピンクだった子実体は、成熟して茶色へと変貌していた。その後は胞子を飛ばして新天地へと旅立ったことであろう。明治神宮の周りはビルの大海原であるから苦労した胞子もいるだろうし、風に乗って軽く飛び越えて行ったものもいるだろう。もしかしたら海外まで行ったものもいるかもしれない。そんな想像を巡(めぐ)らすのも楽しい。

マメホコリ
明治神宮の境内の朽ちた倒木に群生している未熟な子実体。胞子の入った直径1センチほどの子嚢が集まるのがマメホコリ属の特徴。未熟な状態では淡紅色や赤色、オレンジ色だが、成熟すると灰色や褐色になる。(Photograph by Takehiko Sato)
コウツボホコリ
子実体の高さは最大2ミリ。子嚢内にある糸状の細毛体は弾性があり、伸びて胞子を飛ばす。(Photograph by Takehiko Sato)
キウツボホコリ
腐木に密生した子実体。毛糸のように見える細毛体は伸びると1.5センチ以上にもなる。(Photograph by Takehiko Sato)

 とにかく、この小さき生命の不思議な世界はどこまでも広くて深い。変形体はどこか生命の根源を感じさせるような風体で、変幻自在に形を変えては見事な子実体をつくり出す。その生き様は魔法のようでもある。私の場合は写真での表現であるが、追いかけても追いかけても捉えきれないところに変形菌、ひいては生命の底知れぬ魅力を感じて止まない。

ウルワシモジホコリ
春から秋にかけて、広葉樹の朽ちた木の上に群生する。子実体の高さは2ミリまでで、子嚢の直径は0.5ミリ前後。「麗しいモジホコリ」という名に負けない美しさだ。(Photograph by Takehiko Sato)

ナショナル ジオグラフィック日本版2018年4月号

佐藤岳彦氏が撮影した変形菌の写真を「写真は語る」に収録。その他、超監視時代や対立の心理学の特集を掲載しています。

写真・文=佐藤岳彦

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