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ハート形の眼鏡をかけてダンスパーティーに出かける10歳のジョイとアメリア。イヌイットの人々は地域社会を重んじる。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)

北極圏のイヌイット、極夜のなかの彩りある暮らし、写真13点

2017.04.25
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 11月初め、カナダ、バフィン島北部に位置するアークティック・ベイの地平線に太陽が沈み、空は紫と青に染まった。それから3カ月間、太陽の姿を見ることはなく、風景は恒常的な薄闇に包まれる。極夜だ。

 ツンドラと海に囲まれたヌナブト(イヌイットの言葉で『私たちの土地』という意味)は、カナダ最大かつ最北の準州である。国内のイヌイットは、多くがこの辺境の海沿いに固まって暮らしている。写真家でフルブライト奨学生のアカシア・ジョンソン氏は、極寒の暗い冬をイヌイットとともに4カ月間過ごし、彼らと自然環境との変わりゆく関係を、「Under the Same Stars(同じ星の下で)」と題された幻想的な写真プロジェクトにまとめた。

「元々は風景を撮影するプロジェクトをやるつもりだったのですが、現地へ行ってみると、想像していたのとは全く違っていました。それよりも、ここで起こっている文化の移り変わりに焦点を当てるほうが重要であると感じたのです」と、ジョンソン氏は語る。(参考記事:「イヌイットに学ぶ、雪の家「イグルー」の作り方」

満月の光を浴びるタタトアピク家の人々。一家が着ているパーカは全て、女性たちが家族のために縫ったもの。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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母親の家で窓の外に目をやる女性。イヌイットの伝統的な住居は、暖かさを逃がさないよう半地下になっている。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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薄闇の風景に浮かび上がるアークティック・ベイの町の明かり。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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 かつての同化政策やグローバリゼーションがきっかけとなり、イヌイットは過去50年間で政治的、経済的、文化的に急速な変化を遂げてきた。これは、世界各地の先住民族が繰り返しさらされてきた現実だ。(参考記事:「ツンドラキッズ 遊牧民の寄宿学校で」

 イヌイットの中には、独立した半遊牧生活から、政府指定の居留区へ強制的に定住させられた記憶を持つ者たちもいる。そこで彼らはアイデンティティーをはく奪された。今では、そうした扱いは人権や自治権、尊厳の侵害だったとカナダ政府が認めている。(参考記事:「美しくも奇妙なアメリカインディアンの12の肖像」

 現代のイヌイットは、祖先から受け継がれてきた生活様式と、他者から押し付けられたものとが複雑に絡まり合ったなかで、進むべき道を探っている。そこから新たに生まれようとしている暮らしぶりを、ジョンソン氏は独自の視覚的アプローチで、社会問題としてではなくむしろ前向きな目でとらえたいと考えた。

大晦日の夜、毎年恒例の真夜中のパレードに集まってきたアークティック・ベイの人々。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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テレビ画面の明かりを浴びるスーザン(11歳)とシッポラ(12歳)。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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12月の薄闇のなか、ホッキョクグマの赤ちゃんの毛皮と一緒に氷の上に大の字になって寝転ぶヒラリー(8歳)。 (PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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「人々が北極圏に対して抱いている既成概念を払拭したいと思っています。多くの人は、北極圏と言えば白くて、平坦で、何もない場所を想像するでしょう」とジョンソン氏は語る。今回の写真プロジェクトUnder the Same Starsでは、それとは反対に冬の真っただ中にあって生命が脈動し、色彩のある風景を写し出す。スマートフォンの人工的な明かりに照らされた10代の少女たち、ピンクに染まった空の下で獲物を探す狩人、星空の下ぼんやりと赤く色づいた雪。(参考記事:「ニシオンデンザメと優しいイヌイット」

「長い間太陽が昇らないと、人の目は明かりに敏感になります」。昔から、暗闇は生命を寄せ付けないと考えられてきたが、実はそれを増幅させる効果がある。「月や星が、これまで思っていたよりもずっと大きく感じられました。圧倒されるような明るさなのです」

 ジョンソン氏にとって最も印象的だった体験は、伝統的なアザラシ猟について行ったときのことだった。「狩りは、イヌイット文化の中核です。主な狩猟対象は海洋哺乳類で、特にこの地域ではワモンアザラシが何より重要です」(参考記事:「動物大図鑑 ワモンアザラシ」

凍ったアザラシの皮が、氷原の白い背景と鮮やかなコントラストをなす。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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ワモンアザラシの皮を柔らかくするために、引き延ばして乾かす。女性たちは、動物の皮を使って衣服やテント、寝袋などを作る。イヌイット社会では高く評価される技能だ。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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アークティック・ベイの近くでアザラシが呼吸用に使う穴を探すダーシー・エノーグーさん。伝統的な狩猟はイヌイットの生活のよりどころだが、温暖化の影響で氷が解け出して危険なため、狩りのシーズンが以前よりも短くなっている。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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 商業用のアザラシ猟はカナダで広く批判を受けているが、イヌイットの生活に欠かすことのできない狩りはそれとは大きく異なる。先住民社会は、アザラシを狩り、その肉を食べ、皮で衣服を作るという生活を遠い昔から続けてきた。恒常的な食料不安や輸入品の超インフレに直面している現代も、伝統的なアザラシ猟は経済的不安のなかにあって命を支え続けている。(参考記事:「セイウチの腸で作ったパーカ」

海岸線の海氷の上に現れた霜。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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冬至の日、藍色の空の下でイグルーから漏れ出す光。最近では、もっぱら緊急避難用となったイグルーだが、ほとんどのイヌイットは今でもその作り方を知っている。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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「こうした背景を私たちが認識することが重要です。この風景、海の豊かさ、海氷との関わり、それらは今も息づいていて、原始的だとか時代遅れだなどと片づけられるべきではありません。むしろ前へ向かって進んでいるんです。そこに私は魅力を感じました」

 その先住民たちの暮らしは今、気候変動という脅威にさらされている。伝統的な狩りを行う人々が数十年にわたって目にしてきたことを、科学が裏付けている。北極の氷が、かつてないほどの速さで解け出しているのだ。気温の上昇と異常気象によって、海岸浸食や永久凍土の融解も急速に進んでいる。これらの現象は、自然に頼る先住民の生活と健康に深刻な影響を与える恐れがある。(参考記事:「イヌイット、気候変動で感染症が増加」

 ジョンソン氏は自分の写真について、究極的にはイヌイットの適応力や柔軟な強さへ賛辞を送るものだと話す。こうした力が人々の絆を強くし、予測不能でも共に生きる未来へとヌナブトを導いて行くだろうと信じている。

北斗七星がアークティック・ベイの空にきらめく。(PHOTOGRAPH BY ACACIA JOHNSON)
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文=Gulnaz Khan/写真=Acacia Johnson/訳=ルーバー荒井ハンナ

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