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1月初め、栃木県の塩原温泉郷を飛翔する雄。オシドリは東アジアや極東ロシアに生息しているほか、欧米に移入されて定着している。(Photograph by Toshiji Fukuda)

オシドリ、世界一美しいカモ

2017.12.27

古くから日本人が愛し、夫婦愛の象徴としてきた野鳥には、写真家の心をつかむ、まだまだ知らない魅力があった。福田俊司氏が撮影した四季折々のオシドリたち。(この記事はナショナル ジオグラフィック日本版2018年1月号「写真は語る」に掲載されたものです)

 オシドリの魅力を教えてくれたのは、海外の人たちだった。

 1990年より、私は極東ロシアのへき地で多くの時間を過ごして、かの地のワイルドライフを撮ってきた。

 十数年前のある日、世界最大のネコ科動物、アムールトラの痕跡を探して原生林の深奥部へ分け入ったときのことだ。突然、案内役のレンジャーがこう叫んだ。「マンダリンカ!」

 すると数十メートル先の淀(よど)みから、あでやかな雄ガモと地味な雌ガモが飛び立った。レンジャーはさらにひと声。「世界一美しいカモ!」

秋に入り、華麗な姿に変身した雄たち。塩原温泉郷の岸辺でじっと休んでいた。(Photograph by Toshiji Fukuda)

 ひと息置いて、私はマンダリンカがオシドリであることに気づき、興奮するロシア人の姿に戸惑いを覚えた。多くの日本人にとって、オシドリは都会の公園でしばしば見かける、ごく普通の野鳥ではないだろうか……それまでは、視界にさえ入っていなかった。

 しかし、この瞬間、オシドリの輝きを見てしまった。そして東アジアの至宝は私の心にすみついたのだ。

鳥取県西部を流れる日野川から、一斉に飛び立つ。環境省が毎年実施するガンカモ類の生息調査によれば、オシドリの観察数は1980年代に1万羽以上になり、2014年度には3万羽を超えた。(Photograph by Toshiji Fukuda)

 オシドリを撮り始めて10年以上たつが、興味は尽きない不思議なカモだ。私はオシドリが越冬する沼や湖の近くに部屋を借り、未明から日暮れまで撮影して冬を過ごす。野生のオシドリは警戒心が強く、普段は岸辺のやぶに潜んでいて、20~30羽の群れがチラホラと姿を見せるだけ。ところが2~3週間に1度、多いときには1200羽以上の群れが湖面を埋め尽くす。そして数分で幻のごとく消える。理由は分からない……呆然(ぼうぜん)とするだけ。

 ほかにも、つがいの相手をめぐる疑問がある。アジアでは、オシドリが夫婦愛や貞節の象徴とされている。日本でもオシドリは特別な鳥で、万葉時代から「をし」「をしどり」、つまり愛(いと)おしい鳥として愛されてきた。

満開の桜の花が散った頃、青森県弘前市にある弘前公園では、お堀の水面を埋め尽くした花びらのじゅうたんの上をカップルが泳いでいた。(Photograph by Toshiji Fukuda)

 ところが近年、最大の生息地である日本では、つがいの相手を毎年変えるという説が広まり、オシドリが「浮気者」と蔑称されている。しかし、この通説はカモの習性から類推された仮説であって、実証されたわけではない。英国の著名なオシドリ研究者クリストファー・リーバーは「通常、オシドリは一雌一雄であり、時にその関係は数年にわたる」と著書に書いている。

初夏の札幌市内では、母親が子育ての真っ最中。雌はひなたちを守り、派手な雄は家族から離れて、天敵の注意をひなからそらす。(Photograph by Toshiji Fukuda)
夏になると、写真のような美しい冠羽は抜けて、雄はいったん地味な姿になる。(Photograph by Toshiji Fukuda)

 もし将来の研究で通説が立証されても、私のオシドリに対する愛情はいささかも揺るがないだろう。なぜならばワイルドライフの一番大切な使命は子孫を残すことにあるからだ。その真摯な生き様を、「浮気者」などと擬人化して揶揄(やゆ)しようとは思わない。

薄雪にふられて居るや鴛一つ(正岡子規)。あまたの文人たちに愛されてきたオシドリは、雪を嫌って南下するが、それでも雪に見舞われることがある。12月の塩原温泉郷。(Photograph by Toshiji Fukuda)

写真家、福田俊司氏の紹介ページはこちら

ナショナル ジオグラフィック日本版2018年1月号

 福田俊司氏が撮影したオシドリの写真を「写真は語る」に収録。その他、新シリーズ「鳥たちの地球」やコロンビアなどの特集を掲載しています。

写真・文=福田俊司

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