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こちらを見つめるオランウータン。米国ナショナル ジオグラフィックのネイチャー写真賞「Nature Photographer of the Year」のグランプリを受賞した。(Photographs by Jayaprakash Joghee Bojan)

見つめるオランウータン、2017年グランプリ作品撮影秘話

2017.12.15
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 8月のある朝、ボルネオ島インドネシア領のタンジュン・プティン国立公園にいたジャヤプラカシュ・ジョギー・ボジャン氏は、カメラを手に冷たい水に胸まで入っていった。川は、木の根から浸み出たタンニンによって赤茶色に染まっている。

 ワニを発見したら教えてくれるようレンジャーには頼んである。わずか数メートル先で水をかき分けて進むオスのオランウータンを驚かせないように、ボジャン氏はゆっくりと近づいて行った。

「こういうときは、感覚が全て麻痺してしまいます。痛みも、虫刺されも、冷たさも感じません。目の前で起こっていることに全神経を集中させているためです」。後にボジャン氏は、ナショナル ジオグラフィックに対してそう語った。

 これが決して当たり前の光景ではないことを、ボジャン氏は理解していた。樹上にすむオランウータンが水を怖がることは、よく知られている。その長い腕は、泳ぐよりも木からぶら下がるのに適している。ならば、そのオランウータンがなぜ危険な川を渡ろうとしているのだろうか。(参考記事:「オランウータン 樹上の危うい未来」

【動画】ナショジオのネイチャー写真賞「2017 Nature Photographer of the Year」グランプリは、こうして選ばれた。(解説は英語です)

 ボルネオ島では、パーム油が採れるアブラヤシを植えるために森林伐採が進み、オランウータンの生息地が広範囲で消失している。そのため、以前なら近寄ろうとしなかった場所でも、彼らの姿が見られるようになった。ボジャン氏の目の前にいるオランウータンの奇妙な行動にも、そうした背景が関係しているのだろうか。理由はともあれ、その不安そうな表情と危うげなしぐさは、彼らが直面している脅威を象徴しているようで、見る者の胸を打つ。

 めったに見ることのないその厳かな一瞬が、2017年「ネイチャー・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」の審査員たちをつき動かし、ボジャン氏の写真はグランプリに選ばれた。だが、この写真は少しタイミングがずれれば、撮影されることはなかっただろうという。(参考記事:「海の狂騒に鳥もイルカも 2016年グランプリ作品撮影秘話」

オランウータンを求めて

 ボジャン氏は、インドのタミルナードゥ州で野生動物に囲まれて育ち、自然への愛を培った。バンガロールで仕事をしていた18年間、写真は単なる趣味だった。本気で写真をやりたいと思った2013年に、初めてデジタル一眼レフカメラを購入し、ナショナル ジオグラフィックのYour Shotコミュニティに参加した。

 シンガポールへ引っ越したボジャン氏は、会社勤めを辞め、独学で写真を学び、旅をしながら写真を撮った。ほどなくして、シンガポール動物園で希少な絶滅危惧種の霊長類に出会った。

「そこで何かが弾けたんです」と、ボジャン氏は振り返る。「野生にいる彼らの仲間に会いに行きたいという思いに駆られました」

 そして、東南アジアを9カ月間旅して、各地域にすむ珍しい霊長類を写真に撮った。カリマンタン(ボルネオ島のインドネシア領)にあるタンジュン・プティン国立公園を訪れた時、友人のアルバイン氏が設立した団体「オランウータン・トレッキング・ツアー」のエコツーリズム・ガイドの助けを借りて、8日間かけて11頭の野生オランウータンを撮影した。

【この記事の写真をもっと見る】川を渡るオランウータンの連続写真7点
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 しかし、何かが欠けていた。「自分の写真に納得できなかったんです」と、ボジャン氏。

 すると、そこから60キロほど離れた場所にもオランウータンがいて、セコニア川を渡る姿が時折見られると、レンジャーが教えてくれた。川を渡るオランウータンとは、珍しい。そう思ったボジャン氏は、すぐにボートを走らせた。

 1日待ってみたが、何の収穫も得られなかった。公園での滞在期間は終わりに近づいていたが、あともう1日だけ待つことにした。翌朝、カヌーでパトロールしていたレンジャーが、そこから数分上流に行ったところでオランウータンを見かけたと知らせに来た。

 今度こそ、求めていた貴重な瞬間をカメラに収めることができるだろうか。ボートでオランウータンの近くまでやってくると、ボジャン氏は驚かせないよう距離を置いて様子を窺った。「頭の中でずっと、この場面を思い描いていました。そして、思い通りの写真を撮るには川に入るしかないと判断しました」

 そこで、ボートのへりをまたいで川へ入った。

 ワニがいれば厄介なことになると思ったが、結局その心配はなかった。30分ほどかけて、ボジャン氏は川を渡るオランウータンを撮影した。

 最も心を揺さぶられたのは、オランウータンがカメラをじっと見つめ返した瞬間だった。我々人間に向かって、無言のメッセージを発しているようだった。(参考記事:「【動画】極めて珍しい白いオランウータンを保護」

次ページ:拡大するアブラヤシ農園

2017 Nature Photographer of the Yearに応募されたワイルドライフの優秀作品集 44点
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ナショナル ジオグラフィック2016年12月号

 特集「オランウータン 樹上の危うい未来」を収録。そのほか「ロシア プーチン世代の若者たち」「プラセボ 信じる者は癒やされる」などを掲載しています。

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