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8歳のデラガ・クアンダガは、実際の年齢よりも大人びて見える。ヨーロッパへの旅がいかに過酷であるかを、アフガニスタンにいる両親には伝えていない。「親からは、つらいことはなかったかと聞かれたけど、『なかった』って答えた。心配してほしくないから」(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

国境の先にユートピアはあるのか、少年難民の苦悩

2017.11.14
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この記事は、ヨーロッパを目指しながらその入り口セルビアで足止めされる少年難民たちを取材した特集記事の後編です。前編の記事はこちら、ピュリツァー賞写真家が撮影した少年難民の暮らしの現場25点はこちらからご覧ください。


 セルビアの首都ベオグラードの中心地に、難民や支援団体の職員がアフガン公園と呼ぶ緑豊かな区域がある。そこのベンチに座っていた15歳のイナムラ・モハメドは、EUへ入るために何かいい情報はないかと探していた。すぐそばには、ほかの難民たちがたむろしている。

「週に2~3回はここへ来る。『ゲーム』の話を聞かなければ、国境の越え方がわからないだろう。ここにずっととどまることはできないんだ」

アダセブシ難民センターの3段ベッドで休むアフガニスタン人のサリーム・カーン(12歳)。クロアチアとの国境に近いこの難民センターは、セルビア政府が運営する18の収容施設のひとつで、難民へ食事や宿泊場所を提供している。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

 モハメドも、エマル(前編で紹介した12歳の少年難民)と同じアフガニスタンのナンガルハール州出身で、やはり長男だ。18カ月前に「タリバンに勧誘された」ため、家を出たという。それ以来、難民生活の半分をセルビアで過ごしているが、今でもここは不便な一時滞在先だと考えている。

 今は政府の運営する難民センターで生活しているが、昨冬の厳しい寒さをアフガン公園からほど近いベオグラード中央駅に隣接する元倉庫の建物でしのいだ。中は不衛生で、暖房もトイレもなく、電気も通っていなかったが、そこにほかの少年や大人とともに寝泊まりしていた。(参考記事:「写真家がとらえた、難民の子どもたちと眠り」

「僕はひとりぼっちだ」

 倉庫は5月に取り壊され、がれきの山が築かれた。新たな不動産開発予定地とされているが、今のところはがれきの周囲に難民たちの残した灰色の毛布、歯ブラシ、ツナの空き缶が散乱している。近くにある今は使われていない駅のプラットホームの壁に、スプレーペイントで落書きがされていた。英語で「助けて。国境を開いて」と訴えている。別の壁には「私だって人間だ」と書かれていた。

 この元倉庫に滞在中、モハメドはひげを剃ることを覚えた。本来なら、大人への通過点であり、父親や年上の男性家族、または友だちから教えられるべきことだ。家を出た時は、まだひげが生えていなかったが、今は口ひげがうっすらと生え始めた。「僕はひとりぼっちだ」と、モハメドは言った。「自分の心の内を話せる相手がいない」。一番よく話をするのは、自分の密入国を斡旋したアフガニスタン人だというが、それも電話だけのやり取りで、まだ一度も会ったことはない。

イナムラ・モハメド(15歳)がアフガニスタンの自宅を出た時は、まだひげが生えていなかった。「タリバンに勧誘された」ために逃げ出したという。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED MUHEISEN, NATIONAL GEOGRAPHIC)

 モハメドの家は農家だった。学校へは通ったことがない。父親は土地を売ってモハメドの密入国斡旋人に支払う8000ドルを工面した。さらに、その後の生活費も持たせるために、借金もした。それだけの重責が、モハメドの上にのしかかる。父親が自分のために使ったお金を自分が稼いで、いつか父に返したい。そして、できれば土地も買い戻したい。だが今は、新しい靴を買うために親からの送金を待っている状態だ。モハメドの靴もまた、エマルと同様国境で取り上げられた。(参考記事:「歴史を変えた、心揺さぶる子どもたちの写真」

 話を聞いているうちに、モハメドは18カ月の旅の間中ずっと、夜眠れないほどの不安に押しつぶされそうになることがあると、打ち明けてくれた。「両親と再び会うことはあるのだろうか。僕は動物に食べられたりしないか。自動車にはねられないか。誰かに撃たれたり殺されたりしないだろうか。家族はどうなってしまうんだろう。タリバンは家族に何か危害を加えるだろうか」。「何度も人の死を目撃した」と、彼は言う。時計や所持金を奪われ、ブルガリアでは7カ月間投獄された。

 たったひとつだけ、はっきりしていることがある。セルビアにはとどまりたくないということだ。「ここで何をしろっていうんだ」。公園を歩くセルビア人たちを手で示して言った。「彼らは僕よりももっと貧しい。アフガニスタンだって、彼らよりも豊かだ」(セルビアの1人当たりの国内総生産はアフガニスタンの10倍だが、モハメドにとってセルビアは新生活を始めるにあたって何の魅力も持たないようだ)

 モハメドは、何としてでもEU加盟国に入国したいという希望を捨てていない。「これまでに27回以上挑戦して、スロベニアから4回追い出された。僕は良い人間になりたいと思ってる。勉強をして、何かの技能を身に付けたい。道が開かれなければ、アフガニスタンに戻るしかない。そうなれば、強制的にタリバンに入れられる」

次ページ:8歳少年の不安

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