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ウクライナ南部、シャボの中央通りにて。(PHOTOGRAPH BY NIELS ACKERMANN, LUNDI13)

壊されたレーニン像の今、写真18点

2017.03.07
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「レーニン像1体にたどり着くのに、平均して1週間かかるという感じです」。写真家のニルス・アッカーマン氏は、自身のプロジェクト『レーニンを探して(Looking for Lenin)』についてこう語った。

 フランス人ジャーナリストのセバスチャン・ゴベール氏と一緒に進めるこのプロジェクトでは、ソビエト連邦の建設を率いたウラジーミル・レーニンの像を、これまでに70体撮影している。いずれもウクライナ国内にあるが、すべて壊されている。ソビエトの象徴を街からなくすという国の方針のためだ。

チェルノブイリ原発の倉庫に放置された高さ1.8メートルのレーニンの胸像。この発電所は当初、V・I・レーニン記念チェルノブイリ原子力発電所と呼ばれていた。(PHOTOGRAPH BY NIELS ACKERMANN, LUNDI13)
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 1体に1週間かかるなら、アッカーマン氏とゴベール氏がこのプロジェクトに費やしてきた日数は、単純計算で約490日ということになる。レーニン像が見つかった場所は、倉庫、ごみ箱、車のトランク、物置、原っぱ、芸術家のアトリエ、博物館など。どの写真も、役所の煩雑な手続きを経て撮影が実現し、それぞれに独自のエピソードがある。

 彼らがウクライナ国内を旅した距離は1万キロ近くに及び、なかにはレーニン像のあごひげや肘、鼻しか見つからないようなこともあった。スイス生まれのアッカーマン氏は、この探索を「まるで中毒です」と話す。

ウクライナ中央部、クレメンチュークにある自治体の倉庫近くにて。(PHOTOGRAPH BY NIELS ACKERMANN, LUNDI13)
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【フォトギャラリー】ウクライナ、うち捨てられたレーニン像8点

 このプロジェクトを思いついたのは2013年12月8日、ウクライナ政府がEUとの貿易協定を見送ったことに対して抗議が巻き起こっている最中だった。アッカーマン氏は、首都キエフのベッサラブスカ広場に立っていたレーニン像を数百人のウクライナ人が引き倒す光景を見た。反政府派はハンマーで像を叩き、「壊して、記念に保存しようとしていた」とアッカーマン氏は振り返る。

 翌朝、3.5メートル近い像が跡形もなく消えていたのは驚きだった。残っていたのは台座と、破壊された歩道だけだった。

 アッカーマン氏に疑問が浮かんだ。「像はどこへ行ったんだろう?」

個人のコレクターが倉庫に保管しているレーニン像の頭部。(PHOTOGRAPH BY NIELS ACKERMANN, LUNDI13)
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 ともにウクライナを拠点とするアッカーマン氏とゴベール氏は、ベッサラブスカ広場に立っていたレーニン像のその後を探し始めた。その中で2人が出合ったのは、倒され、ばらばらにされた多くのレーニン像の多様な運命を通して語られる、ウクライナの物語だった。

 1991年に独立した時点で、ウクライナ国内には5500体のレーニン像があったとアッカーマン氏は話す。一方、ロシア国内には7000体。ロシアの面積がウクライナの28倍あることを考えると、ウクライナのレーニン像はかなり多い。だが、それらは今やすべて姿を消している。2015年に脱共産主義が公式に始まり、撤去されたからだ。

ウクライナ中央部、ドニプロの博物館に保管されたレーニン像の頭部。博物館は展示に必要な資材がそろうのを待っている。
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ウクライナの小さな村、コルジ。地元住民はこのレーニン像を売却したがっていた。村の学校を補修するのに1万5000ドルが必要だからだ。(PHOTOGRAPH BY NIELS ACKERMANN, LUNDI13)
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 アッカーマン氏とゴベール氏にとって、台座を追われた像は、文化的・政治的に分断されたウクライナの象徴だ。例えば同国南部のシャボでは、胸から上を切断された像が金色に塗られている。レーニンへの侮蔑と同時に、秩序だっていたソビエトの美意識が根強く残っていることを物語る。そして雇用が十分あり、人生が輝かしく思えた頃へのノスタルジーも。

 レーニン像の扱いに関して決まった方針がないのと同様、この国の過去、未来、さらにはアイデンティティーについてさえも一致したイメージはないとゴベール氏は話す。独立を勝ち取ってから25年が経っても、依然としてその状態なのだ。

「ゴミ捨て場のレーニンや、ダース・ベイダーに作り変えられたレーニン」の写真は、見る人には時に滑稽に映るようだとアッカーマン氏は言う。だが近年の政治不安や紛争に関しては、「ウクライナで起こっていることは笑いごとではありません」と指摘した。

キエフ、レーニン博物館のレーニン像。
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ウクライナ東部、スラビャンスクにある自治体の保管施設近くで。(PHOTOGRAPH BY NIELS ACKERMANN, LUNDI13)
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 アッカーマン氏は、像が撤去されたことでむしろ目に付きやすくなったのではと感じ始めている。彼の目から見ると、時とともに風景と一体化していた像は、取り壊しという劇的なプロセスによって再び存在を主張している。ウクライナの人々は今、空の台座が残された状態でレーニンについて議論していると、彼は感慨深げに話した。「像をなくすことと、人の心の中にあるものを変えることは、別の話です」

 何年も調べた末、アッカーマン氏とゴベール氏はベッサラブスカ広場にあったレーニン像を保管している人物を何とか突き止めた。2013年にこのプロジェクトの着想をもたらした像だ。今のところ、2人はそのありかを口外しないと誓っており、いつか撮影許可が得られることを期待しつつ、約束を守り続けている。

ウクライナ南東部、マリウポリ地域史博物館の外に置かれた胸像。ソ連時代のウクライナ人政治家アンドレイ・ジダーノフ像の左右にレーニンがいる。(PHOTOGRAPH BY NIELS ACKERMANN, LUNDI13)
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レーニンの巨大なブロンズ像。盗難防止のため有刺鉄線で囲まれている。ウクライナ、ザポリージャにある自治体の保管施設にて。(PHOTOGRAPH BY NIELS ACKERMANN, LUNDI13)
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