中南米系移民ラティーノが米国の未来を握る

21世紀半ばには「白人以外」が過半数に、米国移民政策の背景

2018.07.02
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米国カリフォルニア州南部にあるウィッティア大学で卒業を祝う学生たち。現在、この大学の学生のおよそ3割が中南米にルーツをもつラティーノだ。また地元のウィッティア市でもラティーノが住民の大半を占めている。PHOTOGRAPH BY KARLA GACHET

 米国アイダホ州に住むイスマエル・フェルナンデスは19歳のとき、市議会議員に選出された。彼が祖父母と一緒に暮らした家は、祖父がかつて雇われてテンサイやタマネギを収穫していた土地に立っている。

 2015年の初登庁の日、彼がほかの4人の議員と並んで取材陣の前に着席すると、地元の記者がある事実に気づいた。5人全員がスペイン語系の姓だったのだ。このニュースはたちまち全米の話題となった。スペイン語圏の出身者、いわゆるヒスパニックの人口が圧倒的に少ないアイダホ州で、中南米にルーツをもつ議員が市議会を独占したからだ。

 フェルナンデスは1996年にメキシコ出身の農業労働者の子として生まれ、周囲から「ラティーノ」と呼ばれながら育った。「ラティーノ」とは、スペイン語を母語とする人々を祖先にもつ、さまざまな民族集団の総称として20世紀の終わりに広まった、比較的新しい言葉だ。具体的には、中南米からの移民や米国で生まれた彼らの子孫を指し、ヒスパニックとほぼ同じ意味で使われることが多い。

少数派が米国総人口の過半数に

 米国勢調査局によると、2016年のラティーノの推計人口は、米国の総人口の18%近い5740万人。また、ほとんどの地域の住民は、自分が暮らすコミュニティーの構成が1世代前とは変化していると思うと述べる。この変化をもたらしているのがラティーノだ。

 ラティーノの増加により、21世紀半ばまでに米国は少数派が人口の過半数を占める国になると推測されている。つまり、ラティーノやアフリカ系、アジア系といった少数派の人口を合わせると、これまで過半数を占めてきた白人を上回るということだ。

 こうした人口構成の劇変は人々の間に怒りや反感を生み、政治家や評論家のなかには白人を人種の多様化が進む米国における犠牲者に仕立てあげようとする人もいる。ドナルド・トランプ大統領や保守派の評論家たちはラティーノのことを、恐ろしいギャングのメンバーや英語を覚える気もない“仕事泥棒”、米国にやって来ては子どもを産んで市民権を手に入れる不法移民だと決めつけてきた。

 白人、黒人、アジア系、先住民など、米国の民族集団や人種集団のなかでも、ラティーノは具体像が最もつかみにくい。アフリカ系を指す場合もあれば、中米系やアジア系、さらには白人を指すこともある。プロテスタントの福音派の信者もいれば、カトリック教徒やユダヤ教徒もいる。

「ラティーノ」であるかどうかは、何よりも、米国より南の土地にルーツをもつ人々が紡いできた物語を共有しているかどうかにある。その物語はほぼ例外なく、仕事や成功のチャンスを求めて、米国を目指す労働者の旅だ。

厳しくなる移民の取り締まり

 米国に不法に移り住んできた数百万ものラティーノたちは、今ではこの国の社会を構成する一部になっている。その一方で、厳しくなる移民の取り締まりは、多くのラティーノ・コミュニティーの日常生活を変えてしまった。それが最も劇的に表れているのが、全長3100キロに及ぶ米国とメキシコの国境沿いだ。

 メキシコと米国を隔てるリオ・グランデ川は、人口3300人のテキサス州エル・セニーソに差しかかる辺りでは川幅が100メートルにも満たなくなる。トランプ大統領が提案する国境の壁がここに築かれたら、壁は川沿いの運動場を横切り、馬が草を食む野原を分断することになる。

 エル・セニーソの住民の99%がラティーノだ。この土地には昔からメキシコにルーツのある人々が暮らし、米国とメキシコの間を行き来してきた。1999年、エル・セニーソは不法移民を守る条例を成立させた。「2つの文化が息づく1つの偉大な町」がエル・セニーソのモットーで、地元の小学校は、米国の元大統領とメキシコ革命の英雄にちなんで、「ケネディ=サパタ小学校」と名づけられている。

※ナショナル ジオグラフィック7月号「米国を変えるラティーノ」では、米国で熱を帯びている不法移民に関する議論を紹介します。

文=エクトル・トバール/ジャーナリスト 

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