100m走記録、科学の力でどこまで伸ばせるか

ボルトと80年以上前のメダリストが現代の施設で競走したら?

2018.06.28
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パラリンピック男子陸上短距離のジャリッド・ウォレス(28)が、米サザン・メソジスト大学運動能力研究所でフォームを生体力学的に分析した。「間違っているところがたくさんありました」とウォレスは話す。筋肉障害で右下肢を切断した彼は、これまで世界記録を4度も出している。PHOTOGRAPH BY ROBERT CLARK

 現在の100メートル世界記録保持者ウサイン・ボルトが走るのは21世紀のトラックだ。平坦で滑りにくい合成ゴム舗装で、着地のときに地面に伝わったエネルギーがすぐに脚へ戻る。レースで履くのは、高速トラック用に開発された軽量シューズ。現役時代は世界最高レベルのトレーニングを受けてきた。移動はジェット機で、専属のコックが栄養豊富で低脂肪の食事を用意してくれる。

 一方、20世紀前半の往年の名ランナー、ジェシー・オーエンスは、1936年ベルリン五輪で100メートルを10秒3で走って優勝した。彼はこのとき計4個の金メダルを獲得している。オーエンスが走ったのは第2次世界大戦前のトラック。「シンダー」という石炭の燃え殻を使った舗装で、表面は不均質で軟らかく、着地の際にエネルギーが地面に吸収されてしまう。当時のシューズは革製だった。スタート時に足を置くためのスターティング・ブロックにしても、ボルトが使うような最新式のものなら勢いよくスタートできる。しかしオーエンスはスコップでトラックを掘って、足を引っかける場所をつくらなければならなかった。

 2009年に100メートル9秒58の世界記録を打ち立て、2017年に引退したウサイン・ボルトは、誰もが認める世界最速の男だ。ではオーエンスのような往年の一流ランナーと比べた場合、ボルトはいったいどのくらい速いのか?

 2014年、スポーツジャーナリストのデビッド・エプスタインは講演でこんな話をしている。「オーエンスが1936年のオリンピック直前に達成した自己ベストは10秒2だった。もし、このときの彼がボルトと同じ高速トラックで100メートル走に挑戦したら? オーエンスの記録は、ボルトが2013年の世界陸上で出した9秒77に肉薄していただろうね」

 筋肉増強剤のような手段は論外として、より速く、より高く、より遠くを目指す人類の挑戦は今どこまで来ているのか。テクノロジーやトレーニング方法の発達に伴って、人間の身体能力の限界はどこまで広がるのだろう。

短距離とマラソンはまだまだ伸びる

 米国テキサス州ダラスにあるサザン・メソジスト大学運動能力研究所の所長であり、短距離走の生体力学的研究の第一人者でもあるピーター・ワイアンドによると、100メートルおよび200メートル走とマラソンに関しては、世界記録が大幅に伸びる可能性がまだあるという。

 同研究所では高速度ビデオカメラを使って短距離走者の動きを分析し、より効率的に、つまりより速く走れる方法を研究中だ。ワイアンドはマラソンで2時間切りを目指す研究チームにも参加している。このチームは、2時間の壁を突破するために、生理学、栄養学、生体力学、医療支援、リアルタイムのデータ収集、指導法といった幅広い分野に着目して研究を進めている。こうした科学的な知見を積み重ねることで「身体能力が向上します」とワイアンドは言う。

 オーエンスの時代から80年以上たった現在、アスリートのトレーニングや検査の手法、テクニック、ウェア、器具は目覚ましく進歩して、より良く、より速く、より強く、より正確なパフォーマンスが実現できるようになった。しかしまだ、人体の可能性は限界に達していないと、研究者たちは考えている。

※ナショナル ジオグラフィック7月号「どこまで伸びる?人間の身体能力」では、最新のトレーニングや科学技術によって身体能力はどこまで伸びるのかを探ります。

文=クリスティーン・ブレナン

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