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アレッポ南部のスッカリ地区で、破壊された学校とモスクの前を少年が歩いていく。モスクは再建が始まったが、ほかの建物の大半は崩れ落ちたままだ。PHOTOGRAPH BY SEBASTIÁN LISTE

 中東シリア北部の都市アレッポ。ここは400万人近い人口を誇る国内最大の都市だったが、7年間続いた内戦の間に多くの住民が逃げ出した。シリア全土ではさらに数百万人の国民が家を追われ、犠牲者は40万人を超えたとされる。さらに、化学兵器を使用したとして、政府軍は国連から非難されてもいる。

 アミラ・ガーマンの家族が暮らすカラセ地区は反政府勢力が支配したアレッポ東部にあるため、政府軍による激しい包囲攻撃を長きにわたって受けてきた。そして3年ほど前、アミラの家族もアレッポを離れた。

「家が武装集団に襲われたのです」と夫のサレーは語る。襲ったのは反政府勢力の戦闘員で、多くはかつての隣人たちだ。家にアサドの父親である前大統領の写真を見つけると、武装集団はサレーを1年間にわたって監禁した。

 2016年12月、政府軍はアレッポの一部を奪還し、その後の1年間で約30万人の住民が戻ってきた。

 崩れかけた建物の3階にある部屋から、現在60歳のアミラは通りを隔てた学校を見下ろした。校庭には、銃弾の薬きょうや迫撃砲などが散乱している。ガーマン家はもともとこの建物の最上階に住んでいたが、戦闘で壁が崩れ、住める状態ではなくなったため、現在は別の部屋に仮住まいしている。

 近所では数軒の店が営業を再開し、人々が通りを行き交う。戦闘が続く地域もあるが、ここシリア北部に位置するアレッポには、不安定ながらも“日常”が戻ろうとしている。

 中世の要塞であるアレッポ城で、マリアムという14歳の少女と話した。戦闘が始まって以来、ここへ来たのは初めてだという。「城はとても美しいけど、破壊されているのが悲しいです」と彼女は言った。マリアムの目の上には、爆弾の破片で負った傷痕がある。今は学校でロシア語を習っている。「皆、シリアが復興することを願っています」

 カラセ地区では、ガーマンの息子が壊れた家の再建に取り組んでいた。ガーマンは、もっと多くの家族が街に戻ってくればいいのにと思っているが、内戦の爪痕はまだ生々しい。

※ナショナル ジオグラフィック3月号「シリア 戦禍の街に生きる」では、疎開先から戻りつつある住民の暮らしを写真で伝えます。

文=セレイン・ホーガン