米軍艦の残骸を発見、第二次大戦で日本が撃沈

大富豪ポール・アレン氏のチームがフィリピン海底で確認

2017.08.22
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米海軍の重巡洋艦インディアナポリス。1945年に日本の潜水艦に撃沈された。(BETTMANN/GETTY IMAGES)
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 米海軍の重巡洋艦「インディアナポリス」の残骸が、数十年にわたる探索の末、フィリピン海の海底で発見された。(参考記事:「原爆を運んだ米軍艦、撃沈から70年」

 探索チームを率いた大富豪ポール・アレン氏によると、インディアナポリスの残骸は、水深5500メートルの海底に沈んでいた。アレン氏は、米マイクロソフトの共同創業者だ。「第二次世界大戦史における重要な一章が、これで終わりました」と、彼はツイッターでつぶやいている。「生存者やご遺族のお気持ちに、終止符が打たれることを望んでいます」

 1945年7月30日、旧日本軍の潜水艦が放った魚雷がインディアナポリスに命中。インディアナポリスは、わずか12分後に沈んだ。インディアナポリスの沈没とその生存者が味わった苦しみは、米海軍史上最悪の悲劇の一つとされている。

 1200名近くいた乗組員のうち、約300名が沈没時に死亡。死をまぬがれた人も、救命ボートを確保できずに、サメだらけのフィリピン海を漂流せざるを得なかった。脱水症状に飢餓、食塩中毒が原因で、数百人がさらに死んでいく。これに加え、ヨゴレやイタチザメといったサメが、身を守る手立てのない乗組員を襲った。(参考記事:「名作『白鯨』の元ネタは、もっと壮絶だった」

【動画】サメだらけの海域にて。米海軍の悲劇を回想する第二次世界大戦の生存者たち。(解説は英語です)

 インディアナポリスは、予定されていた次の寄港地に姿を現さなかったが、米海軍はこれに気づかず、捜索隊は出されなかった。生存者はわずか317名、通りすがりの飛行機が洋上の彼らに気づいたのがきっかけで救助された。

 1960年以来、生き残った元乗組員たちは、米インディアナ州の都市インディアナポリスに集まり、旧交を温めている。沈没事件の70周年にあたる2015年には、存命中の31人のうち14名が出席した。「今でもありありと思い出します。目に浮かんできますし、感情もよみがえります」と、エドガー・“エド”・ハレス氏は語る。「70年前のことなのに、まるで昨日のように思えます」(参考記事:「真珠湾に沈む戦艦アリゾナ、閉ざされた内部を調査」

 これまでも探索は繰り返し実施されてきたが、ナショナル ジオグラフィック協会による調査も含め、不発に終わっていた。ハルバー氏によると、インディアナポリスによる遭難信号は届いておらず、どこで沈没したのか、その地点を探るにも記録がなかったという。

 ところが2016年の夏、海軍の歴史家リチャード・ハルバー氏は、インディアナポリスが沈没する11時間前の位置を特定できる記録を入手した。これが突破口となり、アレン氏のチームはようやく発見の糸口をつかむ。(参考記事:「米国で見つかった日本の軍事機密「地図」14点」

 アレン氏のチームは、2016年に発見された歴史資料に加え、遠隔操作の無人潜水機(ROV)を使用。外洋の約1500平方キロメートルの範囲を捜索した。海軍の発表によると、探査チームはこの先数週間にわたり、残骸発見のライブ中継を流す予定でいる。

【関連動画】第二次世界大戦中に沈没した戦艦「武蔵」の残骸が発見された。(解説は英語です)

 アレン氏は2015年3月にも、第二次大戦中に米軍に撃沈された旧日本軍の戦艦「武蔵」を発見している。武蔵はフィリピンの海、水深約1000メートルの海底に沈んでいた。(参考記事:「大富豪はどうやって戦艦「武蔵」を発見したか」

 米海軍協会(USNI)ニュースによると、インディアナポリスの生存者であるアーサー・リーナーマン氏(93歳)は、「発見されたと知り、とてもうれしく思っています。長い72年でした」との声明を出している。「いつかは見つけてくれるだろうと思っていました。ご家族を海で失った方々は、悲しく思われるでしょうが、軍艦が発見されたことで、お気持ちに終止符を打てるのでないかと思います」(参考記事:「少年がナチス時代の戦闘機を発見、自宅の裏で」

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