「医学の父」ヒポクラテスの処方せんを発見

エジプトの修道院で見つかった羊皮紙の手稿を解読

2017.07.14
手稿が見つかった聖カタリナ修道院。エジプト北東部、シナイ半島にある。(PHOTOGRAPH BY UIG, GETTY IMAGES)
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 歴史上、ヒポクラテス以上に有名な医者はいないだろう。今日でも多くの医学生が、医療倫理の原則をうたった宣誓文「ヒポクラテスの誓い」を立てる。

 その生涯について詳細は不明だが(彼自身が宣誓文を書いたのか、写本の一部なのかさえ議論がある)、古代ギリシャで活躍したヒポクラテスは「西洋医学の父」と広く認識されている。

 そんな人物による処方せんの1つが発見されたかもしれない。現役のものでは世界最古の図書館を修復作業中のことだ。

削り取られた文字

 発表によると、エジプト北東部、シナイ半島にある聖カタリナ修道院で、図書館の修復作業にあたっていた修道僧が、処方せんの記された6世紀の手稿を発見したという。調査にはギリシャの研究者のほか、エジプトとギリシャの政府が協力しており、両国の政府関係者がこの発見について発表した。

 手稿に書かれた処方のうち1件は、紀元前5~4世紀にヒポクラテスが考案したものと研究者たちは推定している。残り3件は名前不明の筆記者によるもので、薬草の絵も描かれていた。(参考記事:「死海文書「第12の洞窟」を発見、50年ぶり」

 見つかった手稿は、同図書館に伝わる有名な「シナイ・パリンプセスト」の1つだ。パリンプセストは引き伸ばした革でできているが、当時、これを作るには手間も費用も掛かった。その結果、多くのパリンプセストは最初に書かれた文章が削り取られたり、上から別の文章が書かれたりして、新しい手稿作りに使われた。

 このほど見つかったヒポクラテスの処方の場合、元の文章を削り取ったあとの層に、「シナイ写本」と呼ばれる聖書の文章が書かれていた。

 テキストを精査したのは、初期写本電子図書館(Early Manuscripts Electronic Library, EMEL)の研究者たちだ。EMELは現在、聖カタリナ修道院とパートナーシップを結んでいる。

 パリンプセスト解読のため、EMELはスペクトル画像解析を用いている。この技術により、手稿の新しく書かれた文字の下にある隠れた文字を明らかにし、肉眼では見えない記述を浮かび上がらせることができる。(参考記事:「古代の黒焦げ巻物、著者は快楽を追う哲学者」

 EMELの研究者マイケル・フェルプス氏は、エジプトの新聞「アッシャルク・アルアウサト」の取材に対し、「医学の記述3件を含むこの手稿は、古さでも重要さでも、世界有数のものと認められるでしょう」と話している。

人里離れた修道院

 聖カタリナ修道院には、わかっているだけで130ものパリンプセストがある。目で見える文章の下には削り取られた文字が隠れているが、内容がほとんど判明していない文書が多い。(参考記事:「マヤの絵文書に新解釈、従来マヤ暦を再編か」

 砂漠地帯の中でもやや人里離れたこの地は、3~4世紀に隠者や宗教学者が使ったのが最初だ。そうした歴史的な場所を囲む壁と教会が6世紀に建てられて以来、現在まで修道僧たちが修道院で暮らす。数は少ないが、修道僧たちは過去数世紀変わっていない慣習を忠実に守りつつ、今もこの修道院で生活し、働いている。(参考記事:「シナイ半島 危うい平和の中で」

 修道院の図書館には、主にギリシャ語で書かれた3300の手稿があると推定されている。一方、パレスチナのキリスト教徒が話したアラム語、シリア語、ジョージア(グルジア)語、アラビア語、ラテン語で書かれた文章も再発見されている。

文=Sarah Gibbens/訳=高野夏美