ロープなしで900mの絶壁を初登攀、米ヨセミテ

アレックス・ホノルド氏、岩壁エル・キャピタンをフリーソロで

2017.06.08
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
今回の挑戦に備えて、ホノルド氏は1年以上かけて、ヨセミテ渓谷やその他世界各地で訓練を重ねてきた。(PHOTOGRAPH BY JIMMY CHIN)
[画像のクリックで拡大表示]

 2015年1月、長年の研究と訓練の末、コールドウェル氏とジョージソン氏がドーンウォールの登頂に成功した現場に、ホノルド氏も立ち会っていた。ジョージソン氏はひとりの記者に対して「いつか達成したいと密かに願っている『ドーンウォール』が、誰にでもあるのではないでしょうか」と語った。

 僕のドーンウォールは何だろうか。ホノルド氏は自問したが、答えは既にわかっていた。何年も前から、エル・キャピタンへのフリーソロ挑戦を夢見ていたのだ。

恐れをコントロールする能力

 エル・キャピタンの頂上を目指すルートは数通りあるが、ホノルド氏が選んだ『フリーライダー』は30の区間(ピッチと呼ばれる)に分かれ、その困難さはロープを使用して完登したとしてもニュースになるほどだ。

 岩肌にクモの巣が張り巡らされたような大小の裂け目をたどって曲がりくねったコースが続く。ホノルド氏は狭い岩の間に体をねじ込ませ、マッチ箱ほどの幅しかない岩棚の上をつま先立ちで歩き、時には指先だけで岩にぶら下がることもあった。

フリーライダーで訓練するホノルド氏。(PHOTOGRAPH BY JIMMY CHIN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
[画像のクリックで拡大表示]

 フリーライダーでは、クライマーの持つほぼ全ての肉体能力が試される。指、前腕、つま先、腹の力、そして柔軟性と持久力。太陽や風、突然の豪雨など、環境要因も綿密な計算に入れなければならない。

 しかし本当の試練は、地上数百メートルの絶壁で、足を置く場所がわずかにずれただけで死に直結するという状況のなか、複雑な動きをひとつひとつこなしながら、たったひとりで冷静さを保つことができるかどうかであった。他のクライマーたちは、これほどの危険な状況でも落ち着いて分析ができる特殊能力を持つホノルド氏に驚嘆する。20年間のクライマー経験の中で徐々に培ってきた能力だ。

 そのバランス感覚は、綿密な準備によるものでもある。厳しい自己訓練を重ね、所有するバンのドアの上に取り付けた特注のボードに指先だけでぶら下がり、片腕と両腕で懸垂する。これを1日おきに1時間行う。また、さらに何時間もかけて、各ピッチで手足を置く位置と順序を完璧にマスターし、練習を繰り返し、頭に叩き込む。何でもメモに取る習慣があり、訓練の記録やクライミングの自己評価を詳細に日誌に書き留める。

握力を鍛えるため、所有するバンの天井に取り付けたボードに指をかけてぶら下がる。(PHOTOGRAPH BY JIMMY CHIN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
[画像のクリックで拡大表示]

 ホノルド氏に匹敵する肉体能力をもつクライマーは他にも存在するが、恐れをコントロールできる能力に関しては右に出る者はいない。恐怖心を引き起こす状況に直面した時の、ホノルド氏の能力は驚異的だ。脳の中で恐れに関わる部分が普通の人とどう違うのかが、神経科学者の研究対象になったこともある。

 だがホノルド氏は、それをより実際的な言葉で言い表す。「フリーソロでは、自分が危険に直面していることはちゃんとわかっています。しかし、岩を登っている最中に恐怖を覚えても、何の助けにもならないでしょう。かえってパフォーマンスの邪魔になる。だから、そんな感情は脇に置いておくだけです」(参考記事:「世界的冒険家のディーン・ポッター氏がヨセミテで墜落死」

次ページ:「目標が、可能な範囲内に入ってきた」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加