シャチの息に異例の病原体、耐性菌も、経路不明

通常なら存在しない菌を多数検出、北米西岸沖の絶滅危惧種

2017.03.31
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一部海域で個体数が減少しているシャチ。科学者らは、汚水による健康状態の悪化を疑っている。(PHOTOGRAPH BY PAUL NICKLEN, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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 顕微鏡で見た病原体は見覚えのあるものばかりだった。例えば、家禽の肉にいるサルモネラ菌。これに汚染された卵、果物、野菜を食べると食中毒を引き起こす菌だ。そして、ブドウ球菌。吸い込むと肺炎の原因になりうるもので、ヒトの皮膚に一般的にみられる種もいる。真菌の存在は驚きだった。

 不可解なのはその種類ではなく、見つかった場所だ。

 科学者らがこれらの微生物を見つけたのは、ヒトの血液中からでも、納屋の生きものからでもない。米カリフォルニア州のモンタレー湾と、カナダ、ブリティッシュコロンビア州のクイーンシャーロット諸島とを行き来するシャチの息(噴気)からだった。(参考記事:「動物大図鑑シャチ」

 研究者たちは、北米西岸でシャチが危機的状況にあり、個体数がわずか78頭にまで落ち込んでいる原因を解明しようとしていた。その過程で、人類がクジラ目の動物に悪影響を与えているかもしれない兆しがまた1つ明らかになった。感染症だ。

 北米太平洋岸のシャチ個体群「サザンレジデント・キラーホエールズ」についての研究が、オンライン科学誌「Scientific Reports」で3月24日に発表された。その中で研究チームは、クジラ類と通常は関係のない感染因子を、噴気孔から吐かれた息から発見した。なかには、抗生物質に耐性のある病原体さえあった。耐性菌は人間の影響の指標となるものだ。科学者らは、豪雨や下水によってこうした病原体が沿岸の水路に運ばれ、シャチが危険な微生物に曝露されやすくなったとみている。(参考記事:「水族館のシャチが米国で絶滅危惧種に」

「この個体群は、かなり長い時間を都市環境の近くで過ごします」と話すのは、米海洋大気局(NOAA)でシャチの個体数の回復を監視するブラッド・ハンソン氏だ。「直接的あるいは間接的に、陸地を流れる水によって、さまざまな物質がシャチの暮らす生態系に入り込んでいます」

結果は控えめに言っても予想外

 研究チームは、米国とカナダの国境近くにあるサンフアン諸島周辺で、数年にわたってシャチの息と海水に含まれるサンプルを採取し続けた。調べた海水は、「海面ミクロ層(SML)」と呼ばれる、海面にあるごく薄い層。そこは微生物が特に多く、シャチが呼吸する際に少し取り込まれると推測されている。(参考記事:「アメリカが未来へ残す原生の自然 サンフアン諸島」

 さらに研究チームは、約7メートル半のさおにペトリ皿をいくつも結びつけて、シャチの噴気孔から吐き出される噴気を集めた。

 その結果は、控えめに言っても予想外だった。普通はカキの中にいる細菌から、植物の病気の原因になるカビ、陸上の家畜の糞によくいる細菌まで、ありとあらゆる微生物が息から見つかったのだ。だからといって、シャチが病気になりうるほどの密度でこうした菌がいることを意味するわけではない。だがその多くは、研究者たちが「いるだろう」とも「いるはずだ」とも全く思っていなかった病原体だった。

「サンプルの中には、かなり予想外の物がありました」と、NOAAの毒物学者兼分子生物学者のリンダ・ローズ氏は話す。「もし私たちの息から検出されたら、医師がまずいと考えるような菌です」

 とはいえ、この発見の意味を明らかにすることは難しいかもしれない。見つかった病原体の由来についても同様だ。

 西海岸のサザンレジデント・キラーホエールズは、1800年代には数百頭いたと考えられている。だが20世紀を通じて、この個体群は有毒な汚染物質や開発によるストレスにさらされ、主な食料であるマスノスケは減少し、水族館へ売るために捕獲されて、その数を減らした。12年前、この集団は米国で絶滅危惧種に指定された。(参考記事:「ダム撤去でサケは戻るか? アメリカ」

 以来、この海域のシャチはおそらく餌不足で弱り、病気にかかりやすくなったのではないかと科学者たちは推測してきた。シャチはクジラ類の中でも研究が難しい。ほとんど死体が見つからないため、科学者が死骸を調べる機会はほとんどない。したがって、研究者は個々の死に関係ありそうな要因を推測することしかできないのだ。(参考記事:「獲物を追い詰めるシャチの群れ」

「どこから来た菌なのか、明言はできません」

 ピート・シュレーダー氏は、長く海洋哺乳類を診てきた獣医で、海軍の依頼で動物の世話をしたこともある。今回のシャチの息を採取する方法は、シュレーダー氏が考案したものだ。驚くほどシンプルかつ効率的で、しかも、シャチの呼吸器系にどのような微生物が存在しうるのかを初めて幅広く示してみせた。

「マスノスケは消えかかっているうえに、体も小さくなっています」とシュレーダー氏。「船も明らかに増えています。そのせいでシャチの母子が引き裂かれかねません。食べる物は汚染され、周囲の海水も汚れています。そして今、彼らの体内には体が弱ったら感染症を引き起こす異例の病原体がいることが分かったのです」(参考記事:「【動画】シャチを苦しめる人工の音波」

 こうした病原体の多くは、自然の状態ならクジラ類にも海水中にもいないはずだと考えられるため、一部の研究者たちは原因が下水ではないかと疑っている。近くにあるカナダの都市、ビクトリアは未処理の廃水をフアン・デ・フカ海峡に直接流し込んでいる。(参考記事:「キャプテン・クックが見落とした海域」

 しかし、もっと複雑な問題があるのかもしれない。シャチが泳ぐ海域のすぐ近くの海水を調べたところ、シャチの息から見つかったのとは全く違う種類の微生物が発見されたのだ。

「噴気孔から出てきた細菌が、周辺の海水に由来するものだとは示せませんでした」とシュレーダー氏。「どこから来た菌なのか、明言はできません」

 研究チームは今のところ、シャチの息に含まれる微生物群について、さらに研究を進めるつもりだ。また今後、生きているシャチの個体それぞれについて、健康状態の記録を作ろうとしている。

文=Craig Welch/訳=高野夏美

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