【動画】現代のカイロ東部の住宅地で、ラメセス2世をかたどったとみられる像を掘り出す作業中の考古学者。(解説は英語です)

 エジプトとドイツの考古学チームが、古代エジプトの石像を発見した。史上最も有名な君主の一人をかたどったものである可能性が高いという。

 エジプトの首都カイロの労働階級の住宅地で、古代エジプトのファラオ(王)、ラメセス2世とみられる像が地下水の中から発見された。(参考記事:「古代エジプトの「税を決める井戸」が見つかる」

「像の胸から頭の下部までの部分を発見しました。現在、頭部を取り出したところで、王冠と右耳、右目の一部が見つかっています」と、エジプトのハーレド・アル・アナニ考古大臣はロイターに語った。

 この約8メートルの像は珪岩(けいがん)で作られており、およそ3000年前のものだとみられる。エジプト考古省は、これは重要な発見であると歓迎した。ファラオの名を示す銘はないが、ラメセス2世に捧げられた神殿の付近で発見されたことから、同王の像ではないかという。

 同じ場所からは、ラメセス2世の孫、セティ2世の石灰岩製の像も見つかった。

 この発見は、エジプト考古省とライプツィヒ大学の研究者による共同研究の成果だ。地下水位の上昇、産業廃棄物、がれきの堆積などが、発掘作業の難度を高めている。

偉大なファラオ

2017年3月9日、エジプトの首都カイロのマタリア地区にある古代ヘリオポリス跡で発見された、ラメセス2世とみられる珪岩製の巨大石像と、セティ2世の石灰岩製の胸像。これらの像の断片は、エジプトとドイツの考古学調査隊によって、古代都市ヘリオポリスのラメセス2世の神殿付近で発見された。(Photograph by Ibrahim Ramadan, Anadolu Agency, Getty Images)
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 ラメセス2世は、古代史で最も有名な君主の一人だ。紀元前1279年から紀元前1213年までエジプトを統治し、60余年という古代エジプトにおける最長に近い在位期間を誇る。その戦功によって、エジプトの領土を東は現在のシリア、南は現在のスーダンまで拡大した。ラメセス2世の治世にエジプトは大いに発展し繁栄した。(参考記事:「古代エジプトの船の墓場を発掘、壁に120隻の絵」

 今後もカイロでの発掘作業は続けられ、残りの部分から像全体が復元できれば、2018年に開館予定の大エジプト博物館に設置される予定だ。

古代ヘリオポリス跡で発見された、ラメセス2世とみられる石像の頭部と、セティ2世像の胸部。(Photograph by Ibrahim Ramadan, Anadolu Agency, Getty Images)
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生活の足下に埋まっている遺跡

 像が発見されたカイロ東部の地区は、古代都市ヘリオポリスの上にある。この都市は古代エジプトの太陽神「ラー」の信仰の中心地であったため、ギリシャ語で太陽神を意味する「ヘリオス」の町と名づけられた。ラメセス2世は太陽神信仰の中心人物であり、ヘリオポリスに太陽神を祭るいくつもの神殿を建設した。

 また、旧約聖書の『出エジプト記』でモーセがイスラエル人の解放を求めたファラオはラメセス2世ではないかとも考えられている。(参考記事:「9500年前の奇妙な頭蓋骨、顔の復元に成功」

 2006年に、市場の下からカイロ最大級の太陽神殿が発掘された。そこには5トンもあるラメセス2世の像が複数あるのが発見された。1体はヒョウの毛皮を着たファラオの座像で、この神殿が建てられた当時、ラメセス2世が太陽神の高位の神官を務めていた可能性を示すものだ。

 現在、かつてヘリオポリスだった場所の大部分に住宅が建っている。研究者らは、大カイロ圏の足下にはまだ数多くの古代世界の遺物が隠されていると信じている。(参考記事:「エジプトの猫ミイラ、新X線技術で撮影に成功」

新たに発見された像の側を通りかかった少女。(Photograph by Khaled Desouki, AFP, Getty Images)
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文=Sarah Gibbens/訳=山内百合子