17世紀貴族女性の棺から夫の心臓見つかる

ハート形の鉛容器に夫の心臓が封印されていた

2017.02.17
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ブレフェヤック家の騎士トゥーサン・ド・ペリエンが1649年に死去した後、その心臓を入れていた鉛の容器。7年後に死去した妻ルイーズ・デ・ケンゴの遺体とともに埋葬された。(PHOTOGRAPH BY © ROZENN COLLETER, INRAP)
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 17世紀に埋葬されたフランス貴族の女性の墓から、防腐処理を施された女性の夫の心臓が発掘された。近代ヨーロッパにおける埋葬慣習の始まりをテーマに書かれた最新の論文によれば、これはロマンチックな愛の証しにとどまらず、考古学の歴史に残る大発見だという。(参考記事:「スキタイの黄金の埋葬品を発掘、「世紀の大発見」

 2013年、フランス西部に位置する都市レンヌにあったジャコバン派の修道院の跡地で、ブレフェヤック家の夫人ルイーズ・デ・ケンゴの遺体を納めた鉛のひつぎが発掘された。発掘したのは、フランス国立予防考古学研究所(INRAP)のチームだ。(参考記事:「ようこそ、パリの地下世界へ

 ルイーズは1656年、65歳で死去したが、密封されたひつぎを開けてみると、遺体は極めて保存状態が良く、質素な修道服や革靴がそのまま残っていた。ルイーズの身元は修道院の埋葬記録で確認された。(参考記事:「2500年前の墓から完全な大麻草13本を発見」

保存状態の良いルイーズ・デ・ケンゴの遺体をCTスキャンしてみると、埋葬前に心臓が取り出されていることがわかった。心臓の所在はまだ特定されていない。(ROZENN COLLETER, INRAP)
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 しかし、ひつぎの中には、もっと大きな驚きが隠されていた。夫であるブレフェヤック家の騎士トゥーサン・ド・ペリエンの心臓が入った小さな鉛の容器が発見されたのだ。

 当初の報道では、革命前のフランスには愛する人の心臓を一緒に埋葬する慣習があったと、誤って伝えられていた。研究に参加したINRAPの人類学者ロゼン・コレター氏によれば、実際には今回の発見が初の考古学的な例だという。

 フランスの貴族社会では確かに、死後に特定の臓器を取り出して別の場所に埋葬することはあった。ただし、この慣習の目的は政治的あるいは宗教的なものであり、死後の世界で夫婦が再会するという愛情表現ではなかった。

ハート形の容器

 発見された容器はハート形で、文字が刻まれている。それによれば、トゥーサンはルイーズより7年早い1649年に死去し、レンヌから約200キロ離れた地にあるカルメル派の修道院に埋葬されているようだ。

フランス・レンヌにあったジャコバン派の修道院の跡地で、1380基以上の墓が発掘された。そのうち鉛のひつぎは5基のみだった。この場所ではコンベンションセンターの建設が計画されており、それに先立って発掘調査が行われた。(PHOTOGRAPH BY © ROZENN COLLETER, INRAP)
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 トゥーサンの心臓は埋葬前に取り出され、腐敗を防ぐため鉛の密閉容器に入れられた。そして、残されたルイーズ夫人が余生を過ごすジャコバン派の修道院に運ばれた。INRAPのコレター氏によれば、容器は礼拝堂に飾られ、ルイーズの死後、一緒に埋葬された可能性が高いという。

 ルイーズの遺体をCTスキャンしてみると、同じように心臓が取り出されていることがわかった。

 ルイーズの心臓はトゥーサンの遺体と一緒に埋葬されているのだろうか? 夫妻が遺言を残し、互いの心臓を交換する意志を伝えたと考えるのが「理にかなっている」と、コレター氏は分析する。

 残念ながら、ルイーズの心臓もトゥーサンの墓もまだ見つかっていない。しかし、もしルイーズの心臓が見つかれば、たとえトゥーサンの遺体と一緒でなくても、トゥーサンの心臓が入った容器と同様、身元がわかるような文字が刻まれている可能性が高いという。

フランス革命中は、上流階級の人々の遺体を納めた鉛のひつぎや容器を溶かして使うことが多かった。
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 ジャコバン派の修道院の発掘調査では、トゥーサンの心臓が入ったものを含め、鉛の容器が5つ見つかった。

 残りの4つの容器は1584~1685年に埋められたもので、いずれも人の心臓が入れられ、文字が刻まれているが、修道院に埋葬された遺体との関連はないようだ。論文によれば、フランス革命中、修道院の関係者が別の場所から掘り出し、この場所に隠した可能性があるという。当時は、貴族の遺体を納めたひつぎや容器が溶かされ、弾丸の材料になることが珍しくなかった。

今は離ればなれ

 ジャコバン派の修道院の跡地からは最終的に、14~18世紀の墓が1380基以上も発掘された。主に、聖職者と貴族のものだ。現在この場所では、コンベンションセンターの建設が計画されている。

 論文によれば、16~18世紀に埋葬された483の遺体を法医学的に分析した結果、死後に臓器を取り出された遺体、防腐処理を施された遺体は3%に満たないことが判明した。 初期のヨーロッパでは、このような慣習は王と王妃だけのものだった。しかし、中世からルネサンス、近代へと時代が進むにつれ、上流階級にも浸透していったというのが定説になっていた。 今回の研究結果はこの定説に異論を唱えるものだ。

 ルイーズの遺体は調査後、子孫に引き渡され、2015年9月、一族が所有する城の近くに再び埋葬された。トゥーサンの心臓と何世紀も一緒だった鉛の容器は、研究所の冷凍庫でさらなる調査の時を待っている。

文=Kristin Romey/訳=米井香織

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