フィリピン麻薬戦争、残された人々の苦しみと悲しみ

衝撃のフィリピン麻薬撲滅戦争レポート(後編)

2017.02.21
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※この記事は、急進的な麻薬撲滅政策をきっかけに大量の死者が出ているフィリピンで、犠牲になった人々とその家族、葬送に焦点を当てたドキュメンタリーです。犠牲者の遺体の写真を複数掲載しておりますので、閲覧には十分ご注意いただきますようお願いいたします(編集部)

前編「フィリピン麻薬戦争、貧民街を狙う姿なき殺人者」はこちら

5歳で殺されたフランシス君と父親のドミンゴ・マニョスカさん(44歳)の棺の横で、妹のエリカちゃん(1歳)をあやすジュリー・ベスちゃん(9歳)。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 ドゥテルテ大統領の麻薬撲滅政策のもと、フィリピンでは警察や姿なき第三者によって大勢の人々が殺されている。その主な標的となっている貧民街の住人たちは、警察が事件に関与し、犯罪を見て見ぬふりをしているのではないかと考えている。

 個々の事件は通り一遍の捜査しかされず、ほとんどの場合、基本的な事実とごくわずかな情報だけを収集して、あとは迷宮入りとして片づけてしまう。バイクを乗り回して発砲する殺人者たちを阻止しようとする警察官の姿も見かけることはない。マニラでは、一晩で殺人事件が2桁を数えることも珍しくない。

バイクに乗った覆面の2人組に殺されたジョーイ・リシングさん(45歳)の遺影を手に取る遺族(右)。三輪タクシーの運転手をしていたリシングさんは、麻薬に手を出した時期もあったが、とっくの昔に止めていたと遺族は証言している。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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ジョーイ・リシングさんの葬儀費用を捻出するため、通夜の会場で賭けマージャンをする遺族や友人たち。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 フィリピン国家警察のクリスマス・パーティで、ロナルド・デラ・ローサ警察長官は、死亡者数が増加したことについて警察にも責任の一端はあると認めたものの、正体不明の犯人による数千件もの殺人に関しては、関与を否定した。そして、自警団による犯行の可能性が高いとの考えを示した。

「多くの死者が出ていることは承知しています。それに関しては国民の許しを請いたい。だからといって、世間で騒がれているような(警察以外の手による)殺人に我々警察が関わっているとは言っていません。麻薬撲滅戦争に数多くの人間が便乗したために犠牲者が出ているのです。戦争を始めたのは警察だから、それに関しては責任を感じています」

サンロケ教区教会で、クリスチャン・ムフェーブルさん(34歳)の棺に聖水をかける司祭。この後、遺体はサンガンダーン墓地に葬られた。ムフェーブルさんは、警察の麻薬捜査で殺された。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 長官は、2000人以上の人々が警官によって殺されたことに関しても、正当防衛だと主張するが、これは多くの目撃証言と食い違っている。ドゥテルテ大統領も警察の強硬な姿勢をあおり立て、麻薬取り締まり中の殺人で警官が有罪になっても恩赦するとまで公言している。これに対して人権団体は、警察内の不正を助長するとして反発している。

 実際、留置場に寝ていた無抵抗の麻薬容疑者を殺害したとして、フィリピン国家捜査局(NBI)が複数の警官を告発した件でも、大統領はこれまでの立場を繰り返して「たとえNBIが殺人だと主張しても、この警官たちを刑務所送りにはしない。何と言おうと私にとってはそれが真実だ」と発言した。(参考記事:「メキシコ 麻薬戦争の悪夢から抜け出す街」

子どもの犠牲者や人違いの犠牲者も

 パセイ墓地からさほど離れていない場所で、5歳のフランシス・マニョスカ君の遺体が防腐処理を施され、白い棺に横たえられていた。棺の窓ガラスを、2羽のヒヨコがくちばしでつついている。古いフィリピンの言い伝えで、ヒヨコは犯人の良心をつつくと考えられている。

フランシス・マニョスカ君(5歳)の棺の上に置かれた食べ物をついばむヒヨコ。フィリピンでは、ヒヨコを犠牲者の棺の上に置くと、犯人の良心をつついてくれると信じられている。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 フランシス君は、就寝中に額の真ん中を銃で撃たれて死亡した。本来のターゲットである父親のドミンゴさん(44歳)もまた、殺された。母親のエリザベス・ナバロさん(29歳)は妊娠9カ月で、脇にもうひとりの幼子を抱きかかえ、ものも言わずに2つの棺の間に座り込んでいた。

 幼い子どもの死にも世間の関心は薄く、地元紙がわずかに事件を報道したに過ぎなかった。最近の世論調査によると、94%のフィリピン人が一連の殺人に反対し、麻薬の容疑者は生かしておくべきだと考えているが、ドゥテルテ大統領の支持率は依然として高く、77%が大統領の仕事ぶりに満足していると回答した。(参考記事:「歴史を変えた、心揺さぶる子どもたちの写真」

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