石を磨いたら3500年前の超細密彫刻が現れた

古代ギリシャの戦士の墓から出土、「理解しがたい細かさ」と研究者

2017.11.09
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「ピュロスの戦い」のスケッチ。彫刻がいかに精巧であるかがわかる。(ILLUSTRATION BY T. ROSS; COURTESY THE DEPARTMENT OF CLASSICS, UNIVERSITY OF CINCINNATI)
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 石が出土した墓は、ペロポネソス半島のピュロスにある。ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」に書かれているネストール王の宮殿があった場所とされている。彫刻が正確に何を描いているのかは謎だ。ホメロスが紀元前700年に書いた叙事詩の基となった言い伝えの一場面である可能性もあるが、双方を関連付けるのに十分な証拠は見つかっていない。しかし、ストッカー氏と研究者らは、当時よく知られていた伝説を描いたものだろうという。

墓の主、戦士の人物像は?

 今回発見された彫刻があまりにも複雑な仕上がりであることから、当時の芸術作品のレベルの高さについて、歴史家は考え直さなければならないかもしれない。青銅器時代のエーゲ文化から、これに比肩するほど精巧な彫刻はいまだかつて発見されたことがない。

 グリフィンの戦士は、紀元前1450年頃に埋葬された。当時、古代ギリシャは政治的に混乱の時代にあり、本土のミケーネ人がクレタ島に住むミノア人を征服したと広く考えられている。ミノア芸術はギリシャ本土の芸術に大きな影響を与え、この時代のミノア文化の遺物の多くは、輸入されたか盗まれたものだろうと考えられている。(参考記事:「欧州最古の文字が刻まれた粘土板を発見」

 ミノア人がどれほどギリシャ本土に影響を与えていたかは、議論の種になっている。グリフィンの戦士の墓は、高度な文化交流が行われていたことを示していると専門家は指摘する。この戦士の正体はまだわかっていないが、墓からミノア文化の遺物が数多く発見されていることから、戦士はミノア人のエリート層に属していたか、ミノア文化に魅了されたミケーネ人であったと思われる。(参考記事:「21世紀中に解明されそうな古代ミステリー7つ」



【参考ギャラリー】古代の黄金財宝、驚くべき9点
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文=Sarah Gibbens/訳=ルーバー荒井ハンナ

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