肖像画の下に女王メアリー、浮かび上がる歴史

女王の肖像はなぜ上書きされたのか

2017.11.06
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 何の変哲もない16世紀の絵画の下に、英国屈指の物議をかもした君主の姿が潜んでいた。スコットランド女王メアリーだ。

 英ロンドン、コートールド美術研究所の美術品保存管理者キャロライン・レイ氏は、スコットランドの貴族だったサー・ジョン・メイトランドを描いた400年以上前の肖像画をX線で撮影した。すると、現在見えている顔料の下に、女性を描いた下絵がうっすらとあるのに気が付いた。(参考記事:「美しき姫君の秘密」

 女性はドレスを着て帽子を被っており、左を向いているように見える。レイ氏は女性の輪郭を写し取り、同時代に制作されたメアリー女王の肖像と比較した。その結果、この下絵は女王を描いた他の絵画ときわめてよく似ていることがわかった。

 下絵では女性の両手がウエストにあり、スコットランド国立美術館の上席学芸員ケイト・アンダーソン氏は「まるでペンダントを持っているかのようです」と話す。つまりこの女性は、16世紀に制作された他のメアリーの肖像とポーズが似ているのだ。

「彼女だと確信しています」とアンダーソン氏。

 X線撮影により、レイ氏はメイトランドの肖像の下に鉛白という顔料を使った絵が描かれていることを明らかにできた。同様の技術で、ドガやピカソといった芸術家の有名な作品の下に、隠れた下絵があることが判明している。この時代、上流階級を相手に仕事をしていた芸術家は頻繁に下絵を描いた。だがアンダーソン氏によれば、今回のように完成に近い絵が見つかるのは珍しいという。普通、下絵は紙に描かれてから木製パネルに写されたからだ。(参考記事:「2000年前の美女の肖像を復元、ベスビオ火山で埋没」

なぜ上書きされた?

 制作当時、前女王の肖像画は物議をかもす可能性があったとアンダーソン氏は推測している。

 メイトランドの肖像画を描いたのは、エイドリアン・バンソンという芸術家で、1589年にこの作品を完成させた。メアリーの処刑から2年後だ。アンダーソン氏は、下に描かれた女性の肖像画もバンソンの作品だと考えている。バンソンはメアリーの肖像画制作をメイトランドから注文されたのかもしれない。実際、下絵にある針金入りの寡婦帽(夫に先立たれた女性が被り、哀悼の意を表す)は、メアリーが幽閉中に被っていたものと輪郭が似ているように見えるとアンダーソン氏は話す。

 メアリーの下絵が描かれた正確な年は同美術館も特定していないが、メアリー処刑以降の政治的緊張のため、この時代に彼女の肖像画を飾るのは危険だったのだろう。そのため、論争の種になりそうなメアリーの姿を覆い隠そうと、メイトランドはすぐに自分自身の肖像画を上から描かせた可能性が高い。

 メアリーは20年近く幽閉された末に処刑された。彼女のスコットランド統治を特徴づけたのは暴力と対立だ。夫の殺害に関わったとして、メアリーは1567年に退位させられた。イングランドに逃れ、当地を治めていた君主エリザベス1世に助けを求めたが、逆に幽閉されてしまった。(参考記事:「リチャード3世の遺骨、DNAで特定」

 メアリーの肖像画はほとんど残っていないとアンダーソン氏は言う。それだけに、今回の下絵は特に幸運な発見だ。

 下絵が見つかったのは、レイ氏がバンソンの絵画をいくつも調査し、その技法をもっと解明しようとしていたときのことだった。アンダーソン氏によれば、絵の下に何かが潜んでいるとは思いもしなかった。このように隠れた絵がほかにもあり、発見を待っているかどうかは、憶測するほかないという。

文=Sarah Gibbens/訳=高野夏美

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