【動画】廃墟と化した旧ユーゴの「生き地獄」

「悪魔島」「クロアチアのアルカトラズ」とも呼ばれた強制収容所のいま

2017.09.01
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【動画】クロアチアの無人島に残る強制収容所跡へ潜入(解説は英語です)

 運悪くゴリ・オトクへ送られた人々は、ここを「生き地獄」と呼んでいた。

 クロアチアの海岸から3キロほど。ゴリ・オトクはアドリア海に浮かぶ小島の名前だが、かつて存在していた刑務所および強制収容所の通称でもある。「ゴリ・オトク」は軽犯罪者たちが行くような場所ではなかった。当初は戦争捕虜が、後に政治犯たちが送られた。第1次世界大戦中は、オーストリア・ハンガリー帝国がロシア兵の収容所として使っていた。

 1948年、冷戦の緊張が高まるなか、ユーゴスラビアの指導者で共産主義革命家のヨシップ・ブロズ・チトーはソビエト連邦との関係を断絶。ゴリ・オトクは、その後間もなく政治犯の強制労働収容所となり、ユーゴ国内に残っていたスターリン支持者や、チトー体制に反対する人々が送り込まれた。(参考記事:「独居房、N・マンデラの足跡」

 1970年に米CIAが公開した文書によると、チトー政権は1948~1955年の間に次々と政治犯を拘束していた。ゴリ・オトクも、この頃に最盛期を迎える。1956年までに1万5000人がこの小さな島へ送られ、そこで600人もの人々が命を落としたとされる。一部は拷問によるともいわれている。CIAの報告書はゴリ・オトクをチトーの「悪魔島」と呼んだ(島に建ち、警備が厳重なことから、「クロアチアのアルカトラズ」とも呼ばれていた)。

 東ヨーロッパ各地で鉄のカーテンが取り払われた1980年代の終わりに、ゴリ・オトクも閉鎖された。同じ頃、ベルリンの壁が崩れ、ソビエト連邦は崩壊への道をたどり始めていた。

 現在、島は廃墟と化し、打ち棄てられたゴリ・オトクの残骸はチトーの全体主義体制の時代をまざまざと伝えている。面積約4平方キロの土地に草木はほとんど生えず、島をうろつくヒツジが時折姿を見せる。訪れる人間は、廃墟を見にやってくる数少ない観光客だけだ。

 オランダの映像作家ボブ・ティッセン氏は、ゴリ・オトクにあるような廃墟を探策し、映像に記録することに情熱を注いでいる。2016年、彼はフェリーに乗って島を訪れ、荒れ果てた刑務所跡を撮影した。(参考記事:「誰もいない世界、精緻なミニチュア廃墟7点」

「廃墟の中を歩いて回ったのですが、高い壁や監房がまだ残っていて、見ていると背中がゾクゾクしてきます」。ナショナル ジオグラフィックの取材に対し、ティッセン氏はそう語った。

 彼の映像には、20世紀半ばに建てられた鉄の骨組みが今は崩落している場所が映し出されている。収監者たちが強制労働させられていた作業場には、工具や作業台が放置されたまま残されている。(参考記事:「閉鎖した刑務所に暮らす難民、写真14点、オランダ」

 島で一夜を明かしたティッセン氏は、動植物が少ないため、辺りは不気味な静けさに包まれていたと語る。

「でも、幽霊は出なかったですよ」と、笑いながら付け加えた。

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