27年一度も人と接触せず、ある森の「隠者」の真相

謎の窃盗犯はなぜ世を捨てたのか、そこに教訓はあるのか、米メイン州

2017.04.12
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ウォールデン湖畔で2年間暮らした作家のヘンリー・デビッド・ソロー。ナイトは彼を「道楽者」と呼ぶ。(PHOTOGRAPH BY AP)
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――あなたは本の中で「歴史上の隠者は全員3つのタイプに分けられる。抗議者、殉教者、追求者だ」と書かれていますが、これについて詳しく教えてください。ナイトはどのタイプに属するのでしょうか。

 孤独に暮らすことを求める隠者は、歴史上、常に存在しました。彼らは隠遁者、世捨て人、シャーマンなど、さまざまな名称で呼ばれます。社会を去る理由として最も多いのは宗教的なものです。キリスト、ムハンマド、ブッダもこれに含まれます。ナイトは、自分には信仰心はなかったと言っています。聖書は子供の頃に読んでいますが、その後もう一度読みたいとは思わなかったそうです。(参考記事:「封印を解かれた『キリストの墓』の新事実」

「抗議者」とは、世界のありように対して怒りを感じている人々であり、彼らについては古代中国から現在に至るまで、さまざまな記録があります。彼らは社会を去ることによって、戦争、消費者主義、貧困などに抗議の意を示します。ナイトは世界に対して何らかの意見を持っていたわけではなく、彼の失踪はそうしたこととは無関係でした。

「追求者」は現代に最も多いタイプの隠者で、芸術的、科学的、個人的理由から社会を去る人たちのことです。このタイプにはたとえば、自らの内なる世界を旅するために森へ入った作家のヘンリー・デビッド・ソローがいます。アインシュタイン、ミケランジェロ、アイザック・ニュートンも隠者を自称し、芸術的、知的世界における飛躍的な進歩を社会に持ち帰りました。(参考記事:「アイザック・ニュートン、業績と人物」

 ナイトは、この追求者タイプにも当てはまりません。彼は文章を書くことも、写真を撮ることもしませんでした。泥棒ではありましたが、彼の孤立状態は、人類史上の誰が経験したものよりも揺るぎなく、完全なものでした。ナイトはソローのことを「道楽者」だと評しています。ソローがウォールデン湖畔の丸太小屋で暮らしたのはわずか2年であり、しかも洗濯は母親がやっていました。ナイトに言わせれば、ソローはわざわざ外界へ出ていって本を書き、「どうだ、俺はすごいだろう」と自慢した、ただの目立ちたがり屋でした。(参考記事:「H.D.ソローとクランベリーの歴史」

――ナイトが暮らしていた場所と、なぜ27年間、誰にも見つからずに生き延びられたのか教えてください。

 ナイトは誰もいない森の奥に住んでいたわけではありません。彼はしばらく放浪して住むのに適当な場所を見つけ、そこで25年間暮らしました。そこは私有地の中で、一帯には数百棟の別荘が点在します。あたりには小さな町もいくつかあり、未舗装の道路が何本も通っています。言うなれば、彼は社会の真ん中にいたのです。25年もの間、誰ひとりとして彼の野営地にやってこなかったのはなぜだろうと、私は不思議に思いました。

 そこで私は森に入り、彼の野営地へと足を運びました。うっそうとした森で、木が密生していて、容易に方向感覚を失いそうな場所です。道はなく、大きな岩が行く手を塞いでおり、シカでさえ歩くのに苦労するでしょう。ナイトはそういう森の中を、夜中に、物音ひとつ立てずに歩くことができたのです。

 彼のサバイバル術には非常に感銘を受けました。メイン州中部は、想像を絶するほど寒さが厳しいところです。しかし彼は冬の間、毎日必ず午前2時30分に起床していたそうです。そしてすみかの周辺を歩き、その間に小型のキャンプ用コンロで雪を解かして飲み水を作りました。彼は冬の間は毎晩この習慣を続け、足の指どころか、爪ひとつさえ凍傷で失うことはありませんでした。(参考記事:「埋もれた車、メイン州の猛吹雪」「厳寒が人体に与える影響は?」

 森の中の彼の野営地は、まるで魔法を使って作ったかのようでした。周囲をストーンヘンジのような大岩に隠され、地面は完璧に平らでした。実はこれには、「ナショナル ジオグラフィック」誌も一役買っているのです。ナイトはナショジオを何冊も重ねて紐で縛ったものを「レンガ」と呼び、それを野営地の土の下に埋めることで地面を完全に平らに仕上げていました。ちなみに、雨のときにはナショジオのおかげでとても水はけが良かったそうです(笑)。(参考記事:「ストーンヘンジの石柱は中古品だった?」

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【動画】40年間、森でひとり暮らしを続ける男。コロラド州ゴシックは、アメリカで最も寒い場所のひとつ。1920年代にゴーストタウンとなったこの町に、ビリー・バー氏は今も住み続けている。(解説は英語です)
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