ロシアのヒョウ復活へ、3頭を自然に放つ

冬季五輪開催地ソチで飼育下繁殖したヒョウを野生へ、世界初

2016.08.10
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ソチの再導入センターの敷地内を歩くペルシャヒョウ。(PHOTOGRAPH BY UMAR SEMENOV)
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 1頭、また1頭とケージから出てきた3頭のヒョウが、しなやかな動きで丘を下る。その姿は徐々にカメラから遠ざかり、カフカス自然保護区の森の中へと消えていった。7月にロシア国営テレビのカメラが捉えた光景だ。これが、彼らが人間を目にする最後の機会になるはずだ――研究者らはそう願っている。

 アフン、キリー、ビクトリアの3頭は、飼育下で繁殖したペルシャヒョウとして、世界で初めて自然環境に放たれた。

 ロシア、カフカス地方にあるヒョウ再導入センターは、一帯にペルシャヒョウを復活させることを目的として、2007年にソチ国立公園内に設立された。かつてペルシャヒョウは、黒海北方の丘陵地帯から、カフカス北部、ジョージア(グルジア)、アルメニア、アゼルバイジャンに至る広大な地域に生息していた。もし今回の計画が成功すれば、18世紀以降、生息地の84パーセントを失ってきたペルシャヒョウの個体数増加に大きく貢献するだろう。

ヒョウの再導入

西カフカスにペルシャヒョウを再導入するため、3頭の個体が野生に放たれた。

ロシア

カフカス

自然保護区

ソチ

ソチ

国立公園

ウラジカフカス

マハチカラ

黒海

カスピ海

ヒョウの生息範囲

確認済み

ジョージア

可能性あり

トビリシ

1750年頃に生息

トラブゾン

アルメニア

アゼルバイジャン

バクー

エレバン

トルコ

アジア

ヨーロッパ

アゼルバイジャン

拡大図の

範囲

アフリカ

ヴァン

50 mi

イラン

50 km

LAUREN C. TIERNEY AND JEROME N. COOKSON, NG STAFF, SOURCES: PETER GERNGROSS, BIOGEOMAPS; JOSEPH LEMERIS, BIG CATS INITIATIVE; ANDREW STEIN, LANDMARK COLLEGE AND IUCN CAT SPECIALIST GROUP; ANDREW JACOBSON, ZOOLOGICAL SOCIETY OF LONDON

 現在、野生のペルシャヒョウの87パーセントはイランに生息しているが、カフカス地方でも目撃例があることから、おそらくは小規模な個体群がまばらに存在しているものと考えられる。(参考記事:「ソチ五輪マスコットの動物たち」

「この計画が目指しているのは、イランに核となるひとつ目の大規模個体群、そしてロシアのカフカス地方にふたつ目の個体群を確保して小規模の群れを支え、種の存続を図ろうというものです」とプロジェクト・パートナーであるWWFロシアの代表を務めるイゴール・チェスティン氏は言う。

 現在までに、ソチの飼育センターは14頭の繁殖に成功しており、来年以降、計50頭が野生に放たれる予定だ。すべての個体には衛星追跡機能の付いた首輪が装着される。とはいえ、再導入計画はそう簡単には運ばない。

ロシアのヒョウ

 カフカス地方のヒョウが減少し始めたのは、19世紀後半にロシアが一帯を征服し、そこを皇家の猟場として使うようになってからのことだ。

 彼らはヒョウを害獣であると宣言し、その毛皮にたっぷりと報奨金を出した。銃や毒を使った殲滅作戦は、1950年代にソビエト政府によってペルシャヒョウが絶滅危惧種に指定されるまで続いた。

 そのころには、ヒョウの数は自力での回復が難しいところまで減少しており、専門家らはイランとトルクメニスタンで捕獲した4頭を元にした繁殖計画を行うことにした。(参考記事:「ペルシャヒョウ、アフガンの野生動物」

 7月に野生に放たれた3頭は、2013年に再導入センターで初めて誕生した個体だ。同センターでは広さ12ヘクタールの土地に、繁殖エリアの他、木、池、巣穴、人工の崖を備えた6つの区画が用意されている。代表のウマル・セメノフ氏らはここで、ヒョウの狩りの技術を磨く訓練を行っている。


【動画】野生に放たれたヒョウが森の中へと駆けていく。

滑り出し好調なれど、立ちはだかる障害

 すべてが順調に進んだわけではない。当初は、繁殖に苦労した。過去の再導入では、すべて野生で捕獲したヒョウが放たれていた。ソチの計画は前例のない試みなのだ。現在までのところ、野生に放たれた3頭は健康で、狩りも行っているという。(参考記事:「ナショジオだから撮れた!ビッグキャットたち」

 セメノフ氏は、ロシア政府が今後、国内のカフカス地方全域に保護区域を設置することを期待しており、きょうだい同士で近親交配が起こらないよう、適切な距離をあけて配置していきたいとしている。

 とはいえ、まずはカフカス自然保護区でヒョウをうまく繁殖させることが先決だ。広さ27万9000ヘクタール超に及ぶ同保護区は、ユネスコ世界遺産に登録されている西カフカスの大部分を占めている。

 ヒョウの追跡チームを指揮するアナトリー・クダクティン氏が懸念しているのは、2014年のソチ・オリンピックに先駆けて作られたスキーリゾートが、周辺の保護区にまで拡張されることだ。(参考記事:「野生動物との共生を模索、インドの農村」

 昨年の法改正により、ミズムタ川上流に位置し、カフカス自然保護区に三方を囲まれたソチ保護区内で、観光施設の建設が可能になった。政府は以前、オリンピック開発に対する補償として、2つの保護区を統合することを計画し、新たに加えられた範囲も保護対象になるようユネスコに申請していた。

 ところが法改正を受け、ロシアは今年5月にこの計画を放棄してしまった。環境NGO「グリーンピース」はこの変更について最高裁で争ったが、7月に出た判決は、ソチ保護区内での観光施設建設は合法というものであった。

 もし同地域でさらなる開発が進めば、「ヒョウの群れはバラバラになり、(カフカス自然保護区の個体とイランにいる個体の)遺伝子交換が妨げられる」だろうとクダクティン氏は言う。

危うい見通し

 さらには、カフカス保護区自体も危険にさらされる可能性が出てきた。6月、ロシアの保護区に関する法律の修正案が、無関係の法案との抱き合わせで思いがけず議会を通過し、厳重に守られてきた保護区内にも観光施設の建設が可能になったのだ。

 チェスティン氏らは、この法改正はソチのスキーリゾート業者が行ったロビー活動の結果と見ている。「典型的な汚職です」と彼は言う。ロシア天然資源・環境省はこの件に関する問い合わせに対し、コメントしていない。

 ローザ・クトール・リゾートを所有するロシアのインターロス社は、広報担当者のメールで、カフカス保護区内に施設を建設する予定はないとコメントしている。

 ヒョウ再導入プロジェクトの初期の出資者であった同社は、実のところ、ソチのリゾート施設にスキーリフトを4基と計20キロに及ぶ新たなコースの設置を予定しているが、建設計画図の提供は拒否している。また、別のスキーリゾートを所有するソチのガスプロム社にも問い合わせをしたが、返答は得られていない。

 チェスティン氏は、大型ネコ科動物の愛好家として知られるプーチン大統領がこの問題に介入し、ヒョウの生息地での開発を阻止することを期待している。「大統領は今のところはっきりしたことは言っていませんから、まだチャンスはあります」と彼は言う。

生息地の確立を目指して

 ソチの再導入センターでは、代表のセメノフ氏が、疲れきった雌のヒョウが草地に寝転がる様子を観察している。6月に生まれた3頭の子供たちはおとなしく横になるのを拒み、あたりを跳ねまわっている。

保護区内で飼育されたヒョウが、外へ飛び出す前に新たなすみかを覗き見る。(PHOTOGRAPH BY ALEXANDER YAKUBOV)
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「野生の環境で繁殖を始めてくれるのが理想的です」。5年後の目標を尋ねると、彼はそう答えた。「そうなれば、この計画は真の意味で成功したと言えるでしょう」

文=Maria Antonova/訳=北村京子

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