漆喰の下に12世紀のモザイク画を発見、聖誕教会

キリスト生誕の地ベツレヘムの世界遺産、聖誕教会で

2016.06.01
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漆喰の下に数百年の間隠されていたモザイクタイルの天使像は、現在、元の輝きを取り戻すための修復作業が行われている。(Photograph by Nasser Nasser, Associated Press)
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 イエス・キリストの生誕地に建てられたとされるパレスチナ、ベツレヘムの聖誕教会。修復技師のシルビア・スタリニエリ氏が漆喰壁に向けて温度を感知するサーモグラフィ・カメラをゆっくりと動かしていたところ、奇妙な形が見えた。

 修復チームが丁寧に漆喰を取り除いていくと、その下からは貝殻の輝きに彩られた顔が現れた。光輪を形作る金色のタイルを目にした瞬間は、「とても感動的でした」と28歳のスタリニエリ氏は語る。

 何百年もの間、漆喰の下に隠されていた高さ約2.4メートルの天使はこうして発見された。キリスト教の世界でも特に長い歴史を誇るこの教会で、訪れる巡礼者たちを見守ってきた6体の天使の仲間入りをすることになったのだ。

 モザイク画は、1700年の歴史をもつ聖誕教会を修復するプロジェクトの最中に偶然見つかった。それまであまりきちんと管理されていなかったため、教会内にあるその他の貴重なモザイク画は埃やすすにまみれて薄汚れ、雨漏りのする天井から水が浸みこんで傷んでいた。

「ここの作品の修復には、最高の技術者たちの手が必要でした」と、イタリア、トスカーナ州にある修復会社のCEO、ジャンマルコ・ピアチェンティ氏は語る。

ギリギリの修復作業

 モザイク画の復元は、1479年以来初とされる同教会の大々的な修復計画の一環として行われている。作業はギリギリのタイミングで始まった。2011年、パレスチナ政府は教会に「梁が崩れる危険性」があると発表し、国連は2012年にこの教会を危険にさらされている「危機遺産」に指定していた。(参考記事:「パレスチナ聖誕教会、危機遺産2012」

 パレスチナ自治政府のマフムード・アッバース大統領は2013年、教会側に世界的に権威のあるイタリアの修復業者を招聘しようと呼びかけた。その後まもなく、24時間体制で修復作業が開始された。

 これらのモザイク画は12世紀、十字軍国家エルサレムの王アモーリー1世と、ビザンツ帝国の皇帝マヌエル1世コムネノスの命によって制作された。ガラス、貝の真珠層、石のタイルからできており、透明なガラスの下には、金や銀が押し葉のように敷かれている。

 モザイク画にはキリストと彼の先祖たちが描かれ、養父のヨセフや陰鬱な表情をした母マリアの姿もある。また12使徒を描いた場面では、イエスが「疑い深きトマス」の手を取り、自分が十字架にかけられた際の傷に触れさせようとしている。

ビニールシートを持ち上げて壁画を見せる作業員。こうした壁画はイタリアの熟練技師の手によって修復されている。2012年、国連は降誕教会を「危機遺産」に指定した。修復作業はその翌年に開始された。(Photograph by Musa Al Shaer, AFP, Getty Images)
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 モザイク画には、ラテン語とシリア語で「Basilius」という署名が入っている。歴史家らは、この人物が12世紀に十字軍国家エルサレムの女王メリザンドのために作成された彩色写本『メリザンド詩篇集』に挿絵を入れたバシリウス(Basilius)と同一人物ではないかと見ている。

「これらのモザイク画には、シチリア、フィレンツェ、ラヴェンナの影響が感じられます」。ピアチェンティ氏は、地中海全域で見られるビザンツ帝国時代のモザイクを引き合いに出してそう述べている。また修復技師らによると、教会のモザイク画には、ビザンツ時代のモザイク画に驚くほどよく似た植物や動物のデザインが見られるという。こうしたデザインは、エルサレムにあるイスラム教の聖地「岩のドーム」や「銀のドーム」にもあるものだ。(参考記事:「聖ヨハネ騎士団の大病院、遺構が公開に」

古代の栄光と現在の紛争

 聖誕教会はもともと、4世紀にローマ皇帝コンスタンティヌス1世の命により、キリストが生まれたとされる洞穴の上に建設されたが、6世紀に起こったサマリア人の反乱で破壊され、その後ユスティニアヌス1世によって再建された。以来、この教会は数々の地震や軍の侵攻による被害を受けてきた。もとは高さのあった入り口は、馬に乗ったまま入ることができないよう、高さ約120センチの「謙虚の扉」に作り変えられている。

 今回のプロジェクトで、1967年に勃発したイスラエルとヨルダンの戦争で破壊された箇所がようやく修復された。しかし、2002年についた銃痕は消せず、残ることになる。教会内に退避したパレスチナ過激派を、イスラエル軍が39日間にわたって包囲したときのものだ。

4世紀に作られたオリジナルの建物から移築されたモザイクの床を覗き込む観光客と巡礼者たち。(Photograph by Anne-Marie O’Connor)
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 床に部分的に残されたコンスタンティヌス1世時代のモザイクは、現在も良好な状態にある。今は英国統治時代に作られた一段高い仮の床の下からごく一部がのぞいているが、修復チームは、ガラス越しに全体を見られるようにしたいと考えている。それには、プロジェクトの完遂に必要な670万ドルを集める必要がある。

 パレスチナの大統領顧問官で、キリスト教関連の案件を担当するジアード・アル=バンダク氏によると、修復作業にはこれまで1000万ドルが使われ、そのうち100万ドルは世界中にいるパレスチナのキリスト教徒およびイスラム教徒の民間人からの寄付だという。

「イラクでは、今まさに聖地が破壊されています」とアル=バンダク氏は言う。「我々はキリスト教発祥の場を守るために活動しています。ベネディクト教皇(前教皇ベネディクト16世)に申し上げた通り、私はキリストが生まれた時代に、この場所に住んでいた人々の一族なのです」

 教会の権威者同士の競争意識が、いつしか無意味な言い争いになっていった例は過去にいくつもある。しかし今年、彼らは違いを乗り越えて、同じく老朽化が激しい、エルサレム旧市街にある聖墳墓教会の救済に乗り出そうとしている。

 聖誕教会の場合、長い間整備を怠っていたことが取り返しの付かない損傷を生んだ。かつては教会のいたるところが、聖書の場面や24人の天使を描いた堂々たるモザイクで覆われていたが、現在ではそのうち20%ほどが残るのみと推定されている。このたびの修復作業で、修復技師は漆喰、石、ガラスの微妙な温度差を検知できる高度なサーモグラフィ技術のおかげで、隠されたモザイクを発見できた。

 今回見つかった天使のように、全体が残っているモザイク画を発見できたことは、チームに起きた奇跡のようなものだ、と主任修復技師のマルチェロ・ピアチェンティ氏は言う。「美しい天使は、闇に閉ざされた数世紀をへて、ついに大勢の巡礼者たちを見守ることができるようになったのです」

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