定説を覆す、異例だらけの新種クジラの生態

回遊することもなく暖海に留まり、餌も不明。「異例ずくめ」のヒゲクジラ

2016.02.16
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マダガスカル島、ノシ・ベ沖のツノシマクジラの親子。手前にいる母親が餌を食べている。(PHOTOGRAPH BY S. CERCHIO)
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 流線型のすらりとした体を持ち、日本のクジラ学の第一人者であった大村秀雄氏の名にちなんで「オオムラクジラ」とも呼ばれるツノシマクジラ。新種のクジラと判明して10年が経っても、その全貌は謎に包まれたままだった。というのも、これまで生きた個体の目撃報告があっても不確かで、習性はおろか体の模様すらわかっていなかったからだ。

 研究者たちは断片的な手掛かりをつなぎ合わせ、観察が困難なツノシマクジラの生態を解き明かそうとしている。マダガスカル島沖で最近行われた調査では、ツノシマクジラはエビに似た小さな生物を大量に食べ、同様に「濁った海水」を口いっぱいに飲み込んでいることも確認されたが、この行動もまだ解明しきれていない。


【動画】泳ぐツノシマクジラ。英国王立協会の科学誌「Royal Society Open Science」で公開された。

 米国ボストンにあるニューイングランド水族館の生物学者で、海洋哺乳類が専門のサルバトール・セルシオ氏は、今回、海中を泳ぐツノシマクジラの撮影に初めて成功した。撮影チームのリーダーを務めた同士は「撮影した映像や写真を見た人々には、『餌は何もいないようですが、このクジラは何を食べているのですか?』と訊かれました。実は、私にもまだわからないのです」と話す。(参考記事:「ミンククジラの不思議な捕食行動」

 確かに、映像では餌になりそうな物は確認できない。しかし、ツノシマクジラの謎はこれだけではない。生息域、生態、社会生活のいずれも、クジラとしては特異とみらている。

生きた個体をようやく目撃

 ツノシマクジラがこれまで脚光を浴びてこなかったことには理由がある。このクジラはかつて、見た目がよく似たニタリクジラの小さな個体ではないかと考えられていた。それが、2003年になって日本人研究者たちが独立した種であることを突き止め、2006年には遺伝子のデータでも裏付けられた。(参考記事:「【フォトギャラリー】伊豆諸島で見つかった希少なコククジラ」

「体長約10メートルもある動物がこれまでの調査で発見されていなかったことは、科学者にとっては意外ではありません」。こう話すのは、米国の天然資源保護協議会(NRDC)の海洋哺乳類科学フェロー、フランシーン・カーショー氏だ。同氏は今回の調査には加わっていない。

 海洋調査には多額の費用がかかる。しかもツノシマクジラには、人目に付くような行動があまり見られない。海面から派手に跳び上がるザトウクジラとは対照的だ。その存在が科学論文で発表されてからも、ツノシマクジラの標本として得られたのは、捕鯨船に引き上げられたり、海岸に打ち上げられたりした死骸のみだった。

 ツノシマクジラの調査が大きく前進するきかっけとなったのは、数年前の出来事だった。マダガスカル島付近でイルカを探していたセルシオ氏は、中型のクジラを何頭か目撃した。組織のDNAを分析した結果から、彼が出合ったクジラがツノシマクジラだったと判明したのは2014年12月24日のこと。ナショナル ジオグラフィックの助成を受けているセルシオ氏は、「素晴らしいクリスマスプレゼントでしたよ」と振り返る。

マダガスカル島、ノシ・ベ沖で浮上するツノシマクジラ。「鮮烈で美しい」白い模様がわずかに見えた。(PHOTOGRAPH BY S. CERCHIO)
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 濃いグレーの体に鮮やかな白い模様を浮かべ、鋭い流線型をしたツノシマクジラをセルシオ氏は「優雅で美しい」と評する。同氏の活動は米国海洋哺乳類委員会からも助成を受けている。セルシオ氏らのチームは、2013年から2014年にかけてマダガスカル島沖でツノシマクジラを44回目撃。2015年には、その数は80回にも上った。

いったい何を食べているのか?

 2015年10月、英国王立協会の科学誌「Royal Society Open Science」にこれらの調査を基にしたツノシマクジラに関する論文が掲載された。それによれば、、ツノシマクジラは遠くまで回遊するようなことはなく、熱帯か亜熱帯の海だけで目撃されている、ということだった。

 いずれも、ほかのクジラとは大きく異なる。たいていのクジラは長い距離を移動するし、ほとんどのクジラが水温が低く、餌が豊富な極地付近の海で一定期間を過ごすからだ。

 実は熱帯や亜熱帯の海は餌が少ない。ツノシマクジラのように微小な生物をフィルターのようにこし取って食べるヒゲクジラ類にとっては、生息域の条件は良くないのだ。

 スクリップス海洋研究所で海洋哺乳類を研究する生物学者のマット・レスリー氏(今回の研究には関わっていない)は、「最大の疑問は、ツノシマクジラはどうやって十分な栄養をとっているのかということです」と話す。

 2015年の調査で、セルシオ氏らのチームはツノシマクジラが「濁った海水」を飲み込む様子を観察できた。その行動から、人間の目にはほとんど見えない魚卵や、微小なプランクトンといった餌を水の中からこし取っているのだろうと推測している。

未知にあふれた海の世界

 このときの調査で、ツノシマクジラの社会的な習性もほかのクジラと違うことが判明している。ツノシマクジラは、単独で行動するわけではないものの、ほかのクジラのように大きな群れはつくらない。

 ツノシマクジラの群れについては、6頭程度がある程度の距離を保って行動する様子が観察されている。それぞれが互いの声が聞こえる範囲にはいるが、自分の周囲に広い空間を確保しているのだ。(参考記事:「マッコウクジラ、群れごとに文化を形成か」

 ツノシマクジラは低い声で繰り返し鳴き、その歌は1時間以上続くこともある。時には複数の個体が同時に鳴き、まるでコーラスのようになる。セルシオ氏は「複数のオスがメスの周りに集まり、歌声で競っているのでは」と推測する。あるいは、バラードを聴かせてメスを口説いているのかもしれない。

 セルシオ氏のチームが目指すのは、ツノシマクジラが海水とともに飲み込んでいる餌を特定することだ。また、彼らの生息地で計画されている石油やガス探査による影響も調べる必要がある。(参考記事:「原油流出でメキシコ湾のクジラが絶滅?」

 米スクリップス海洋研究所のレスリー氏は、「我々は、人間はなんでも知っていると思いがちです」と話す。「でも、実際には知らないことばかりです。海について言えば、まだ氷山の先端を削り取って調べているという段階にすぎないと言えるでしょう」

文=Traci Watson/訳=高野夏美

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