逮捕の「アフガンの少女」、釈放へ

収監15日、罰金11万円、母国へ退去の命令

2016.11.07
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
11月4日、警察官に護送されパキスタンのペシャワルにある裁判所に向かうシャーバート・グーラーさん。(PHOTOGRAPH BY MUHAMMED SAIME, ANADOLU AGENCY, GETTY IMAGES)
[画像のクリックで拡大表示]

 ナショナル ジオグラフィック誌の表紙を飾った写真で世界的に知られるアフガニスタン人女性、シャーバート・グーラーさんの裁判が4日、パキスタンで開かれ、裁判所は母国への退去などを命じる判決を言い渡した。グーラーさんは、不正な身分証明書を使った疑いで2週間近く身柄を拘束されていた。(参考記事:「「アフガンの少女」、逮捕の背景」

 パキスタン北西部の裁判所で、グーラーさんは不正な身分証明書を使ったことを認めた。これにより、収監15日と罰金11万パキスタン・ルピー(約11万円)の判決が下った。グーラーさんの弁護人の1人、モーシン・ダワール氏はナショナル ジオグラフィックに対し、彼女は既に11日間勾留されていたため、来週初めにも釈放されるかもしれないと話した。

 偽造した身分証明書を使用したことで、有罪判決が出れば収監は最長14年に及ぶ可能性もあった。

 3児の母であるグーラーさんは、法律上の問題に加えてC型肝炎も患っている。パン職人だった夫のラーマット・グールさんも4年ほど前に肝炎で亡くなった。グーラーさんの逮捕後に弁護士たちが保釈を請求したが認められず、彼女はその後ペシャワルの病院に移されていた。(参考記事:「アフガン難民の少女を17年ぶりに発見」

 アフガニスタン政府はパキスタンに対し、グーラーさんの健康状態が悪化していること、難民問題の国際的なシンボルという立場を挙げ、人道的見地から釈放するよう求めていた。

11月4日、パキスタンのペシャワルにある裁判所を後にするシャーバート・グーラーさん。裁判で、近く自由の身になるとの判決が下った。(PHOTOGRAPH BY A MAJEED, AFP, GETTY IMAGES)
[画像のクリックで拡大表示]

 パキスタン駐在アフガン大使のオマル・ザヒルワル氏はナショナル ジオグラフィックに対し、容疑者や被告人の治療に通常使われるレディー・レディング病院にグーラーさんが移送されたことは「緊急の必要性によるものではありません」と説明し、保釈請求が却下されたことから「むしろ、次善の選択肢でした」と話した。大使によればグーラーさんは個室に滞在し、子どもたちとの面会も可能だったという。

 ザヒルワル大使は、グーラーさんはアフガニスタンの最も有名な難民であり、帰国すれば温かく迎えられるだろうと話す。同国のアシュラフ・ガーニ大統領との面会が予定されているほか、グーラーさん一家が落ち着いて暮らせるよう、政府が支援を表明している。

「この数週間、法律上の困難に耐えてきたシャーバート・グーラーさんがようやく自由になることを、最大の喜びを持って報告します」と、ザヒルワル大使は自身のフェイスブックページに投稿した。「不安定な難民生活からも程なく解放されるでしょう。来週にもグーラーさんは帰国の途につき、彼女が国民の象徴的存在として今も愛される母国に帰るからです」(参考記事:「実はボツ写真だった史上もっとも有名な「アフガンの少女」」

 シャーバート・グーラーさんの写真がナショナル ジオグラフィック誌の表紙に初めて登場したのは1985年のことだ。突き刺すような緑の目をした彼女は、難民の国際的シンボルになった。写真家のスティーブ・マッカリー氏は、パキスタン最大の難民キャンプで生活していた少女時代のグーラーさんを撮影。1979年にソビエト連邦による侵攻が始まって以来、このキャンプには300万人近くのアフガン人が避難していた。2002年、マッカリー氏は彼女を探し出し、再び写真に収めている。(参考記事:「すべてが完璧だった「アフガンの少女」撮影の一瞬」

文=Laura Parker, Brian Clark Howard/訳=高野夏美

  • このエントリーをはてなブックマークに追加