「キリストの墓」数世紀ぶりに開けられる

エルサレムで、キリストの石墓と伝わる「エディクラ」を修復中

2016.10.31
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
エルサレムの聖墳墓教会内で、イエス・キリストの遺体が安置されたという石墓を囲んで建てられた聖堂「エディクラ」の修復作業が行われている。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
[画像のクリックで拡大表示]

 イスラエルのエルサレムで、キリストの墓と伝えられる石墓の覆いが数世紀ぶりに取り外された。この墓はエルサレム旧市街の聖墳墓教会内にあり、遅くとも西暦1555年から、おそらくそれよりも何世紀も前からずっと、大理石の板で覆われていた。(参考記事:漆喰の下に12世紀のモザイク画を発見、聖誕教会

 修復プロジェクトの協力者で、米ナショナル ジオグラフィック協会付き考古学者のフレデリック・ヒーバート氏は、「石墓を覆う大理石の板を取り除くと、下に充填材が詰めてあって、その量の多さに驚きました」と言う。「科学的分析にはかなりの時間がかかるでしょうが、ついに、キリストの遺体が安置されたと伝えられる石墓を直接見られるようになるのです」

 キリスト教の伝承によれば、イエス・キリストは西暦30年または33年にローマ人によって磔刑に処せられ、遺体は石灰岩の洞窟から切り出した「石墓」の上に安置された。しかし、キリストは3日後に復活し、遺体に油を塗るために墓を訪れた女性たちは、遺体がなくなっているのを見つけたという。その後、西暦326年にローマ皇帝コンスタンティヌスの母ヘレナが石墓を発見し、現在の聖墳墓教会を建てたとされている。(参考記事:クリスマスの歴史とトリビア

【動画】エルサレムの聖墳墓教会で、キリストの墓と伝えられる石墓の中が、現代科学者の目に初めてさらされる。(解説は英語です)

 現在、石墓は聖墳墓教会内の「エディクラ」と呼ばれる小さな聖堂の中にある。エディクラは何度も破壊されていて、今のものは1808年~1810年に再建された。今年から、ギリシャにあるアテネ国立技術大学のアントニア・モロポーロー教授が率いる科学者チームが、エディクラと石墓の修復作業を行っている。

 今回、大理石の板が取り外されたことで、研究者たちは、キリスト教で最も神聖な聖跡とされる石墓を調べるまたとない機会を与えられた。石墓の分析を通じて、墓室の元の形だけでなく、ヘレナによる石墓の発見から、それが信仰の対象となるまでの経緯も解明できるかもしれない。(参考記事:キリストに妻? 言及の古文書を発見

「私たちは、最新の技術を駆使して、エディクラ再建の決定的な瞬間を記録します。世界中の人々が、実際にキリストの墓にいるかのように、私たちの調査結果を検証できるようになるはずです」とモロポーロー氏は語る。

石墓を覆う大理石の板は劣化している。作業員たちが数世紀ぶりにこの板を取り外すと、下から充填材の層が現れた。(PHOTOGRAPH BY DUSAN VRANIC, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
[画像のクリックで拡大表示]

決定的瞬間

 その日、教会の扉は、いつもより何時間も早く閉ざされた。背の高い木製の扉の向こうには、大勢の巡礼者や観光客が困惑した様子で立ち尽くしている。教会の中には、黄色いヘルメットをかぶった修復スタッフ、簡素な茶色いローブをまとったフランシスコ会修道士、背の高い黒い帽子をかぶったギリシャ正教会の主教、刺しゅうを施したフードをかぶったコプト正教会の主教がいて、エディクラへの入り口から中をのぞき込んでいた。彼らの頭上には19世紀初頭に作られたエディクラのファサード(正面部分)があるが、その精巧な彫刻は、鉄製の梁とオレンジ色の立ち入り禁止テープに隠れてよく見えない。

 エディクラの内部は、ふだんは無数のロウソクの明かりにほのかに照らし出されているだけだが、今は建設現場用投光器の光を受けて、細かいところまでよく見えている。石墓を覆う、大きさ90×150センチほどのクリーム色の大理石の板はずらされ、その下から灰色がかったベージュ色の石の表面が見えている。これは何かと尋ねられた修復スタッフの女性は、「まだ分かりません」と答えた。「科学的なモニタリング道具の出番です」(参考記事:黄金の十字架、英最初期キリスト教墓

エディクラの中で、キリストの石墓の前にひざまずいて祈るキリスト教の修道女。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
[画像のクリックで拡大表示]

 聖墳墓教会は復活教会とも呼ばれ、現在はキリスト教の6つの教派(ギリシャ正教会、ローマカトリック教会、アルメニア使徒教会、コプト正教会、エチオピア正教会、シリア正教会)によって共同管理されている。教会の中で、墓を含め、すべての教派の信仰の対象と考えられる部分は「現状維持法(ステイタス・クオ)」と呼ばれる規則に従って厳格に管理されていて、管理にかかわる問題は6つの教派すべてが同意しないと決定できない。

 エディクラの外で微笑みを浮かべて作業を見守るギリシャ正教会のエルサレム総主教セオフィロス3世は、「この場所の特別な雰囲気を嬉しく思います。不思議な喜びを感じます」と語った。「ここにはフランシスコ修道会士、アルメニア人、ギリシャ人、イスラム教徒の守衛と、ユダヤ人の警察官がいます。この事実が、不可能を可能にできるというメッセージになることを期待しています。私たちに必要なのは、平和と、互いに尊重しあうことなのです」(参考記事:信仰の移行期、英最初期キリスト教墓

聖堂の再建

 19世紀初頭に建設されたエディクラは、1927年の地震によって大きく損傷していて、何十年も前から安全上の問題が指摘されている。英国統治時代の1947年に、危険な状態を見るに見かねた英国当局がとりあえず外側から補強したが、教会を管理する6つの教派の間の不和や財源不足のため本格的な修復に着手できず、見苦しい外観のまま今日に至ってしまった。

修復チームを率いるアントニア・モロポーロー博士から最新情報を聞く各教派の指導者たち。(PHOTOGRAPH BY ODED BALILTY, AP FOR NATIONAL GEOGRAPHIC)
[画像のクリックで拡大表示]

 2015年、ギリシャ正教会のエルサレム総主教が、ローマカトリック教会とアルメニア使徒教会の同意を得て、アテネのアクロポリスやイスタンブールのアヤソフィアの修復プロジェクトを成功させた実績を持つアテネ国立技術大学に、エディクラの調査を依頼した。2016年3月には聖墳墓教会を管理する6つの教派のすべてがエディクラの再建に同意し、2017年春まで修復作業が行われることになった。修復プロジェクトにかかる400万ドル超の大きな部分は、ヨルダン国王アブドラ2世からの数百万ドルの寄付と、修復プロジェクトを支援するワールド・モニュメント財団に対するマイカ・アーティガン氏からの130万ドルの寄付によってまかなわれる。

 ナショナル ジオグラフィック協会は、ギリシャ正教会エルサレム総主教およびその他の教派から承認を受け、文化遺産の保存のために、アテネ国立技術大学との間で戦略的な提携関係を結ぶことになった。

新生バチカン 教皇フランシスコの挑戦

バチカン改革に挑む初の南米アルゼンチン出身教皇フランシスコ。発言や行動が常に注目される庶民派教皇の知られざる素顔と日常に迫る。

ロバート・ドレイパー 著
228mm×190mm
256ページ
定価:本体2,800円+税

ナショジオストア アマゾン 楽天ブックス

文=Kristin Romey/訳=三枝小夜子

  • このエントリーをはてなブックマークに追加