「アフガンの少女」、逮捕の背景

パキスタン当局は難民の送還を強化していた

2016.10.27
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ナショナル ジオグラフィック1985年6月号の表紙になった「アフガンの少女」。(Cover Photograph by Steve McCurry, National Geographic)
[画像のクリックで拡大表示]

 1985年にナショナル ジオグラフィック誌の表紙を飾った「アフガニスタンの少女」がパキスタンで逮捕された。不正な身分証を使って違法滞在していた疑いだ。

 写真家スティーブ・マッカリー氏がシャーバート・グーラーさんを撮影したのは1984年12月のこと。場所はパキスタンの難民キャンプ、彼女は12歳だった。一度目にすれば忘れられない緑色の瞳の少女は、難民やこの地域の政情不安、社会不安の国際的な象徴となり、20世紀でもっとも有名な一般人とさえ言われるようになった。(参考記事:「実はボツ写真だった史上もっとも有名な「アフガンの少女」」

 2002年には、名前も行方もわからなかった彼女を、マッカリー氏が探し出した。そうして世界の人々は、彼女がその後の日々でどのように変化し、何に耐えてきたのかを知ることになった。

逮捕

 10月26日、グーラーさんはパキスタン連邦捜査局に逮捕された。パキスタン北部のペシャワルを拠点とするジャーナリスト、アルシャッド・ユスフザイ氏によると、ペシャワルにあるグーラーさんの家が当局による捜索を受けたらしい。ユスフザイ氏は、かつてナショナル ジオグラフィックの通訳を務め、グーラーさんとの交渉も行っていた。

「処罰は受けないだろうと言う専門家もいれば、7年から12年ほど収監されるかもしれないと言う者もいます」とユスフザイ氏は話す。

 同氏によれば、現在、グーラーさんは警察によって拘束され、取り調べを受けている。政府が刑事告発するかどうかを判断するまで、拘留は最大14日続く可能性がある。

 ナショナル ジオグラフィック協会の最高マーケティング責任者エマ・カラスコ氏は、「現在、私たちは事実を確認しようとしている状況です。グーラーさんの健康が最大の懸念です」と話している。

 パキスタンの国家データベース登録局の担当者であるシャヒード・イリャス氏は、英紙「ガーディアン」の取材に対し、グーラーさんは正規の許可を得ずに2014年に受け取った不正な身分証明書を使用した疑いがあると答えている。

 イリャス氏によると、グーラーさんに不正に証明書を発行した疑いで、3人の局職員が取り調べを受けているという。通常、外国人がこのような身分証明書を受け取ることはない。

 ユスフザイ氏によると、ペシャワル在住のその3人の職員は、賄賂を受け取ったとしてすでに局を解雇された上、逮捕されている。現在は保釈金を払って保釈されているが、28日には出廷することになっている。

「当局によるこの行動には断固として反対する」。マッカリー氏はグーラーさんの逮捕について、インスタグラムにそう投稿している。「彼女は人生全体を通して苦しみを味わってきた。この逮捕は、はなはだしい人権侵害だ」(参考記事:スティーブ・マッカリー氏インタビュー「すべてが完璧だったその一瞬」

当局が難民送還を強化

 1980年代のアフガニスタン紛争で、何百万人もの人々がアフガニスタンを出た。パキスタンに向かった人の数は250万人とも言われている。(参考記事:「紛争中、博物館員が命がけで守り抜いたアフガンの秘宝」

 しかし、難民は必ずしも歓迎されるわけではなく、差別や悪意を向けてくるパキスタンの住民や政治家もいる。

 2014年、パキスタンは6万以上の身分証明書が外国の難民によって不正に取得されていると述べ、難民たちを送還する計画を発表した。国連によれば、35万人以上のアフガニスタンの難民がパキスタンを離れて祖国に向かっている。

 ユスフザイ氏は、昨年だけで何千人ものアフガニスタン人が不正な書類を持っていた疑いで逮捕されていると話す。「世界的に知られるシャーバートがこういった事件に関わっていれば、話は大きくなります」

 グーラーさんは、身分証明書を受け取るために担当者に450米ドルほどの賄賂を渡したとされている。

 身分証明書があれば簡単に移動したり、ビジネスを行ったりできるため、近年は、身分証明書が好まれる傾向にある。

 マッカリー氏が2002年に所在を確かめてからも、グーラーさんはずっとペシャワルで暮らしていた。5人の子供がいたが、数年前、出産時に娘の1人を亡くし、夫もその頃に病気で亡くした。(参考記事:「携帯で変わるパキスタンの伝統社会、写真21点」

「彼女の子供たちも助けを求めています。彼らも逮捕されることを恐れているのです」とユスフザイ氏。「グーラーさんはアフガニスタンに戻ることは望んでいません。村は安全でないからです」(参考記事:「アフガン新法、女性にとって致命的」

スティーブ・マッカリー氏が1984年にグーラーさんを撮影したとき、彼女は難民としてパキスタンにいた。(Photograph by Steve McCurry, National Geographic)
[画像のクリックで拡大表示]
長い探索の末、マッカリー氏は2002年にグーラーさんを発見し、再び写真を撮影した。(Photograph by Steve McCurry, National Geographic)
[画像のクリックで拡大表示]

アフガンの少女を探して

 2002年のグーラーさんを探す旅は困難なものだった。マッカリー氏はパキスタンの難民キャンプでたくさんの人に写真を見せた。その末に、ようやく1人の男が彼女を知っていることを認めた。トラボラの山中に避難しているらしい。3日後、その男はグーラーさんを連れてキャンプに戻ってきた。(参考記事:「アフガンの少女発見」を報じた2002年4月号表紙

 そのとき、マッカリー氏は「17年前に写真を撮ったときと同じくらい印象的でした」と話している。

 グーラーさんは、自分の写真が何百万人もの目に触れていたことなどまったく知らなかった。もちろん、それをきっかけにして多くの人が難民を助けるためのボランティアや寄付に参加していたこともだ。(参考記事:「アフガニスタン 消滅の淵にある仏教遺跡」

文=Brian Clark Howard/訳=鈴木和博

  • このエントリーをはてなブックマークに追加