マザー・テレサが「聖人」に認定、疑問の声も

バチカンによる認定手続きは、異例の短期間で行われた

2016.09.08
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1989年、インドのアッサム州にある宣教者会の施設で、一般市民の歓迎を受けるマザー・テレサ。(PHOTOGRAPH BY RAGHU RAI, MAGNUM PHOTOS)
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 慈善活動に尽力した修道女の故マザー・テレサが9月4日、カトリック教会が認定する「聖人」の列に加えられた。ローマ教皇フランシスコが、その列聖式をバチカンで執り行った。(参考記事:「バチカンは変わるか? ローマ教皇の挑戦」

 1979年にノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは、以前から「貧民街の聖人」と呼ばれ、インドのコルカタ(カルカッタ)で病や貧困に苦しむ人々の救済に生涯を捧げたことで広く知られている。

 カトリック教徒に限らず多くの人々の尊敬を集めていたマザー・テレサだったが、その列聖に関しては批判的な意見がなかったわけではない。

 世界中から愛され、恵まれない人々への奉仕を象徴する存在として、米国のロナルド・レーガン元大統領、インドのインディラ・ガンジー元首相、ダイアナ妃、ダライ・ラマなど世界の指導者たちが彼女の功績を認め、称賛した。ノーベル賞以外にも、米国の大統領自由勲章を受章し、ケンブリッジ大学からは名誉博士号を授与されている。(参考記事:「“偉大なる魂” ガンジーの足跡を追って」

 マザー・テレサは、本名アグネス・ゴンジャ・ボヤジュとして1910年に現在のマケドニアで生まれた。1928年にロレト修道会に入会したが、1946年に列車でインドを旅したときに、修道会を離れて「神の愛の宣教者会」を設立することを決意した。4年後にカトリック教会から正式に修道会としての認定を受け、それ以来、世界中に130以上の施設を設け、病人や死にゆく人々の救済活動を行ってきた。(参考記事:【動画】歴史あるインドの鉄道

 1997年に87歳で他界したが、そのわずか6カ月前まで神の愛の宣教者会の代表を務めていた。

批判的な見方

 マザー・テレサを表立って批判してきた故クリストファー・ヒッチェンズ氏は、2012年に『The Missionary Position: Mother Teresa in Theory and Practice(宣教師の立場:マザー・テレサの理論と実践)』と題された本を出版。その中で、神の愛の宣教者会の施設を訪れた医師たちの証言として、患者たちは不衛生な環境の中で満足な食事も与えられず、鎮痛剤もなく、医療ケアが十分に行き届いていないと記述している。その一方、マザー・テレサ本人が医師の診療を受けるときは、高額な米国の医療施設へ通っていたという。(参考記事:「世界の貧困対策、カギは農村と女性」

 さらにヒッチェンズ氏は、マザー・テレサが投資家のチャールズ・キーティング氏から100万ドル以上の献金を受け取っていたことを明かした。キーティング氏は後に詐欺罪で実刑判決を受けているが、この裁判でマザー・テレサは、キーティング氏と自分の関係を説明することなく情状酌量を求める手紙を裁判所に書き送っている。他にも、数千人の国民を拷問にかけて殺害させたとされるハイチの右翼独裁者ジャン・クロード・デュバリエからも献金を受け取り、その功績を称えていた。(参考記事:「苦難に負けない ハイチの誇り」

 ヒッチェンズ氏はまた、宣教者会の元修道女であるスーザン・シールド氏の手記(未出版)を引用し、マザー・テレサが死の床にある病人へ秘密裏に洗礼を授けるよう修道女たちに指導していたことも明らかにした。患者に「天国への切符を得たいと望みますか」と質問したあと、熱を冷ますふりをして額に水で濡らした布を置き、祈りの言葉をささやいて、気づかれないように患者に洗礼を授けていた。(参考記事:「聖なる水」

列聖の手続きは「驚きの早さ」

 カトリック教会において信者を聖人に認定する「列聖」の手続きは、時代とともに変化してきた。最初に聖人として認められたのは、信仰のために迫害された殉教者たちである。初期の頃は、列聖の手続きに必ずしもローマ教皇が関わっていたわけではない。その権限が正式に教皇に与えられたのは1234年だ。ヨハネ・パウロ2世が教皇となるまでに、約300人が聖人に列せられた。(参考記事:「悲劇の聖人の遺骨、イタリアで発見か」

 ヨハネ・パウロ2世の時代に手続きは簡略化され、聖人の数は劇的に増加した。ヨハネ・パウロ2世は、1978年から2005年までの26年間の在任期間中に482人を聖人に列し、マザー・テレサを含む1327人を、聖人の前段階である福者に認定(列福)した。

2003年に教皇ヨハネ・パウロ2世の下で執り行われたマザー・テレサの列福式。30万人の信者がサン・ピエトロ広場に集まった。(PHOTOGRAPH BY ROBERTO CACCURI, CONTRASTO, REDUX)
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 列聖の手続きは、通常なら大変な時間を要する。1588年にカトリック教会が列聖省を設立して以来、後に聖人とされる人物の死から実際に列聖されるまでの期間は平均で181年となっている。

 しかしマザー・テレサの場合、その死から18カ月後にヨハネ・パウロ2世が通常の5年の待機期間を繰り上げ、列聖手続きをすみやかに開始することを認めた。(参考記事:「ローマ教皇フランシスコの率直すぎる10の発言」

「ローマの標準からすれば、驚きの早さです」と、米ノートルダム大学でかつて宗教学教授を務めていたローレンス・カニンガム氏は言う。


【動画】バチカン内部に潜入(英語)。

奇跡は起きたのか

 列福の後に列聖されるには、2つの奇跡を起こしたと認められる必要がある。そのほとんどは病に関わる奇跡だ。カトリック教会からわずかばかりの報酬を受け取る医師団が、その奇跡を医学的に説明できるかどうかを調査する。

 マザー・テレサの場合、最初の奇跡はインド人の女性で、1998年にマザー・テレサの写真の入ったロケットに触れた後、腹部の腫瘍が消えたと証言した。第2の奇跡はブラジル人男性で、2008年にマザー・テレサに祈りを捧げたところ、脳腫瘍が治ったといわれている。(参考記事:【連載】『本当にあった 奇跡のサバイバル60』に載った ありえない生還劇6

コルカタのシシュ・バーワン児童施設で、マザー・テレサの長年の功績を記念して設置された像。(PHOTOGRAPH BY RAGHU RAI, MAGNUM PHOTOS)
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 だが、少なくともインドの女性に関しては、正当性を疑問視する意見がある。2013年にカナダのモントリオール大学とオタワ大学の研究チームが、その奇跡を医学的に説明できると報告したのだ。宗教と科学を専門とするフランス語の雑誌「Religieuses」に掲載された論文によれば、女性の夫と担当医は女性が薬による治療で回復したと信じているという。(参考記事:「聖母マリア 愛と癒やしのパワー」

 論文の共著者でモントリオール大学のジェネビーブ・シェナード氏は「実際の科学よりも信仰やイメージの方が重んじられているのです」とコメントした。

 前出のカニンガム氏は、問題はあるもののマザー・テレサが多くの人々に希望を与え、人が嫌がる仕事を自ら進んで行ったことは事実だと語る。

「それを30年も40年も、来る日も来る日も続けるのは、並大抵のことではありません。彼女の列聖は、慈悲の心とはどういうものか、改めて教えてくれるものでした」

新生バチカン 教皇フランシスコの挑戦

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