グライダーで史上最高9万フィートへ、風待ち中

パタゴニアの強風がもたらす山岳波を利用して成層圏へ、8月中の実現に向け風待ち中

2016.08.30
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5月、米ネバダ州ミンデンにてテスト飛行を終えた「エアバス・パーラン2号」。果たして同機は、宇宙の入り口まで飛ぶことができるのだろうか?(PHOTOGRAPH BY TIMOTHY A. CLARY, AFP/GETTY)
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 南米アルゼンチンのパタゴニア地方は、地球上で最強クラスの風が吹く場所だ。あまりの強さに、木が横向きに伸びたり、航空機が操縦不能になることもある。

 しかし、グライダーによる高高度到達計画「パーラン・プロジェクト」のパイロットや科学者にとって、風は強いほど、ありがたい。なぜなら、強風はアンデス山脈上空で成層圏山岳波と呼ばれる大気条件が形成されるサインだからだ。2016年8月、彼らはアルゼンチンのエルカラファテで前人未到の飛行プロジェクトに向けた準備を進めてきた。

 チームは、300万ドルの実験用グライダーを、8月末までに飛ばしたいと考えている。グライダーは先日、コンテナ船で米国からすでに届いた。チームは数日のうちに、高度9万フィート(2万7432メートル)への飛行に挑戦する。それは、宇宙の入り口へのフライトになる。

 成功すれば、米空軍のSR-71ブラックバードが50年前に記録した固定翼機による世界最高高度2万5929メートルを超えることになる。(参考記事:2011年9月号「鳥になりたい」

 パーランのミッションは高高度に到達することだけではない。実験用グライダーが飛ぶ高度における空気密度は、火星表面のそれと近い。グライダーには飛行中の大気を測定する装置が搭載されている。得られたデータによって、地球大気への気候変動の影響を示すオゾンホールや極渦(北極や南極上空にできる大気の渦)への理解が深まるだろう。(参考記事:火星の重力マップ公開、驚きの新事実が明るみに

 ブラックバードはジェットエンジンを積んだ偵察機であったのに対して、パーラン・プロジェクトのグライダーは、一滴の燃料も消費することなく、世界記録を達成しようとしている。

完ぺきな波に乗れ

 山岳波は、ジェット気流が山脈に衝突する場所ならどこでも発生する。ジェット気流が山を越えるとき、空気の塊が上方に押され、上昇気流が発生する。

 米国では、シエラネバダ山脈で世界最強クラスの山岳波が安定的に発生する。1986年、パイロットのボブ・ハリス氏が、グライダーとしての世界最高高度1万4938メートルを記録している。これは、シエラで発生した山岳波が到達する最も高い高度だ。山岳波はここで下層大気の最上部に当たる対流圏界面に衝突し、消散する。

 パーラン・プロジェクトのチーフ気象学者を務めるエリザベス・オースティン氏は、対流圏界面を突破するには、グライダーをさらに押し上げてくれる別の気流か、山岳波が弱まるのを防いでくれる何らかの助けが必要と考えた。彼女は地球の気候、地形、気象系を示す地図をくまなく調べ、成層圏に発生する極夜ジェットと呼ばれる気流の存在に気がついた。オースティン氏と元NASAテストパイロットのアイナー・エネボルドソン氏は、このような条件は極夜ジェット気流が低高度のジェット気流の上に直接並んだ際に発生し、これを利用すればグライダーは成層圏まで上っていくことができるとする理論を立てた。

激しい風、そして静寂

 プロジェクトの第1段階では、エネボルドソン氏とスティーブ・フォセット氏が操縦を担当した。フォセット氏は、パーランに出資していた億万長者の冒険家である。2006年8月30日、2人はパタゴニア上空で高度1万5460メートルまで上昇し、シエラネバダでハリス氏が作った記録を破った。これにより、エネボルドソン氏の理論とオースティン氏の大気モデルが正しいことが証明された。(参考記事:もっと知りたい:ヘリウム気球で太平洋横断新記録

 フライト後、フォセット氏は空港の格納庫で筆者にこう話した。「とても優雅な感覚でした。いちばん苦労したのは、山岳波に乗ること。というのも、グライダーに5G近くのストレスを加える乱気流を、いくつも乗り越えなければならなかったんです。でも、波に乗れた瞬間、空気が滑らかになり、不気味なまでの静けさに包まれました。私たちは、ただ上昇していました。それこそが波です。そこに到達してしまえば、あとは簡単です」

 悲しいことに、フォセット氏はその1年後、シエラネバダで発生した航空機事故で亡くなった。

 エネボルドソン氏は言う。「スティーブ・フォセット氏より優れた出資者、いや仲間を見つけることはできなかったでしょう。私たちには、彼の遺志を引き継いで、社会的な地位を与える義務があります」

 第2段階に向けて、関係者は実験用グライダーをゼロから作る必要があった。グライダー愛好家たちの寄付で100万ドルが集まったが、それではまったく足りない。エネボルドソン氏は2014年、ヨーロッパの航空機メーカーであるエアバス・グループがパーランの企業スポンサーになることを発表。同社はグライダーの完成、米カリフォルニア州でのテスト飛行、アルゼンチンでの2年間に及ぶ飛行の試みのための全費用を出資した。

 エアバス社の広報担当、ジェームズ・ダーシー氏は言う。「火星での有翼飛行の可能性が、より現実味を帯びています。このグライダーは、今後30年間の技術的な方向性を示してくれるかもしれません」

限界への挑戦

 誕生したグライダーで最も特徴的なのは、コックピットの丸い窓だろう。四角い窓では角にストレスがかかり、フレームのゆがみや窓が外れる原因となる。実験のため、エンジニアは模型を作り、最大25psi(約17万パスカル)の圧力をかけた。これに対し、成層圏でグライダーにかかる圧力はわずか8.5psi(約5万8000パスカル)。つまり、NASAが宇宙船に課している安全率3の設計基準を満たしている。

「あらゆるリスクを取り除くために、膨大な開発時間をかけています。未知の危険と遭遇するわずかな可能性は、常に存在していますから」と、プロジェクトのチーフパイロットのジム・ペイン氏は言う。

 高度が高まるほど、知らないことも増える。ペイン氏はシエラネバダで、高度6096メートルのテスト飛行を行った。グライダーはスペック通りの性能を発揮し、氏はこの設計なら2万7432メートルに到達できると自信を強めた。しかしその高度では、グライダーは能力の限界まで追い込まれる。空気が薄いため、失速のリスクがある。一方で、速く飛び過ぎれば、対地速度はすぐにマッハ1を超えてしまう。音速の壁を超えれば、グライダーに損傷を与える衝撃波が発生する。

 オースティン氏は、簡潔にこう言う。「遅すぎても空からはじかれ、速すぎても空からはじかれるのです」

 どちらのシナリオでも、コックピットから緊急脱出することはできないが、パイロットが弾道復帰パラシュートを開くことで、グライダーは安全に地球まで降下できるようになっている。しかし、そうならないための最良の保険は、適格なパイロットが操縦に当たることだ。

 84歳のエネボルドソン氏は、自身が20年前に夢見たミッションを担当することは賢明でないと考えている。そこで、ペイン氏に声をかけた。ペイン氏は2000時間の山岳波の経験をもつ、元空軍テストパイロットだ。

 フライトへの興奮が高まるなか、プロジェクトチームはアルゼンチンのエルカラファテの格納庫で長時間待つことが予想される。

 オースティン氏は言う。「成層圏に照準を合わせる場合、さまざまな条件がそろわなければなりません。そんなことは、1シーズンにほんの数回しかないのです」

 風が吹き荒れるほど、彼らが航空史を塗り替える可能性は高まる。

文=Ryan Bell/訳=堀込泰三

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