カナダ北極圏「幻の航路」横断へ、豪華客船では初

温暖化で氷が解けた北西航路を、豪華客船として初めて横断する

2016.08.24
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豪華客船「クリスタル・セレニティ」は、100年前にはほぼ航行不可能だった北西航路を横断する最大の船舶となる。
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 8月16日、豪華客船「クリスタル・セレニティ」が米国アラスカ州を出港した。うまくいけば、この種の船舶としては初めて、カナダ北極圏の海を通って太平洋と大西洋を結ぶ「北西航路」を横断することになる。(参考記事:「【連載】北西航路」

「真のエクスプローラーのための究極の探検」と銘打たれた32日間のクルーズは、同州アンカレジを出港後、ベーリング海峡を北上し、カナダ北極圏を通過する。グリーンランドと米国北東部に寄港した後、目的地のニューヨーク市をめざす。今回のクルーズは完売しており、その価格は2万2000ドルから12万ドルにのぼる。さらに、緊急避難に備えて補償額5万ドル以上の保険加入が義務づけられている。

 より小型の船による航海はこれまでにもあったが、クリスタル・セレニティは北西航路を横断する史上最大の船舶となる。19世紀に数々の探検家が発見しようとして挫折した「幻の航路」。1905年にノルウェー人探検家ロアール・アムンセンが初めて横断に成功したが、彼は北西航路を「過去のあらゆる探検家にとって不可解だった謎」と呼んだ。(参考記事:「南極点に初めて立った男 アムンセン」

 それ以降、複数の船が北西航路の横断に挑んでいる。2012年には、過去最高となる30隻の船舶が同航路の横断を成し遂げた。今や同航路の主な謎は、温暖化が進むこの地域で数十年後にどれだけ氷が残っているかにある。(参考記事:「氷の融解が進む北極圏」

 海氷はここ数十年減少する傾向にあり、2012年には史上最低を記録した。気候変動によって北極観光や海運、石油探査の機会が広がる一方で、石油や燃料流出の危険性が増すなど、環境や社会への影響に関する議論が高まっている。(参考記事:「北極 資源開発の行方」

航海は夏でも危険

 北極圏で海氷が解けているとはいえ、8月であっても航海は決して楽ではない。そのため今回のクルーズには、調査船「アーネスト・シャクルトン」が同行する。同船は砕氷能力があり、2機のヘリコプターを搭載している。セレニティ自体には、氷を探知するレーダーが搭載され、2人の氷海水先人が同乗するほか、複数の安全対策が施されている。

 セレニティがアラスカ州ノームを出た翌日には、米国防総省が複数の政府機関を招集し、5日間に及ぶ訓練を実施する。クルーズで大惨事が起きた場合に備えての訓練だ。(参考記事:「露クルーズ船、1年前から消息不明」

 米沿岸警備隊による調査では、「救助が必要になると想定される乗船人数は、北極で手配可能なほとんどの救助船や航空機の収容能力を超えている」という。同時に米国は、大惨事が発生した場合に救助に投入できる現役の大型砕氷船を所有していない。議会が新たな砕氷船の導入や沿岸警備隊の強化を目的とした2017年度予算要求を承認するかどうかは、まだ不透明だ。(参考記事:「薄氷の北極海へ」

北極圏の氷が解けると、それまでアクセスが困難だった地域に大型船が到達できるようになる。(PHOTOGRAPH BY PETE RYAN, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)
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 環境保護を重視する人々は、安全面だけでなく、航行する船舶の増加に起因する排ガス増加や燃料流出にも懸念を抱いている。クリスタル・セレニティは燃料が続く限り「非常にクリーンな」ディーゼル燃料で航行するものの、一部の大型クルーズ船が使っている重油燃料は流出すれば回収が極めて難しい。(参考記事:「北極圏、原油流出に備える4つの対策」

 国連機関の国際海事機関(IMO)によると、世界の炭素排出量のうち2.6%は、国際海運に起因するものである。これは、ドイツの全排出量と同等だ。IMOでは排出量が2050年までに50%以上増加すると見込んでおり、現在国際的な燃費基準の設置を検討中だ。

寄港地は受け入れ準備万端

 一方、カナダ北極圏に位置する人口約400人の町、ウルカクトックでは、セレニティの到着に向けて準備が進められている。ウルカクトックをはじめとするこの地域の町では、長年にわたり小規模な「探検」クルーズを受け入れてきた。その多くは乗客150人ほどだったが、クリスタル・セレニティには、乗客と乗員を合わせると町の人口のおよそ4倍の人々が乗る。

 クルーズに先立つ2014年には、この地域への寄港のため、クリスタル社の担当者が伝統的なイヌイットのコミュニティにあらかじめ連絡をとった。カナダ北極圏西部を担当する観光開発担当官アン・コッコ氏によると、それ以降ウルカクトックでは、町民会議と研修を重ねながら準備を進めてきた。(参考記事:「消えゆく氷と極北の狩猟民」

 コッコ氏によると、訪問に対する町民の反応は「全般的に非常にポジティブ」だったが、環境への影響や、1000人もの訪問客に対応できるのかという懸念があった。そのため、ゴルフやショッピング、ハイキングなどのために、一度に150人以上の乗客が下船することは禁止される。

 住民はクリスタル・セレニティが今回寄港した後、その経験を評価して今後の改善に生かそうとしていると、コッコ氏は話す。ウルカクトックは、すでに同船の2017年の寄港地に決まっている。

文=Christina Nunez/訳=堀込泰三

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