マンタは大回遊せず、定説覆される

孤立した小さな群れを形成、保護策見直す必要も

2016.06.23
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マンタは遠出よりも近場を好む マンタ(Manta birostris)は普段、すみかの周辺にとどまって、他の個体群とあまり交流を持たずに暮らしている。今回の発見は、謎に満ちたマンタの保護活動にも変化をもたらすだろう。(字幕は英語です)

 遠距離通勤にうんざりしているのは人間だけではないようだ。新たな研究により、外洋に生息するマンタ(オニイトマキエイ、Manta birostris)は、遠い海まで泳いでいくよりも、すみかの周辺にいるのを好むという研究結果が、6月20日付けの科学誌「Biological Conservation」に発表された。

 何年にもわたって蓄積した追跡データ、組織サンプル、遺伝子検査などから導かれた今回の発見は、謎に満ちたこの巨大魚がどのような暮らしを営んでいるのか、さらには彼らを乱獲から守るにはどうすべきなのかについて、長年信じられてきた定説を覆すものだ。(参考記事:「マンタ 歓喜の饗宴」

 リーフで暮らす他のエイよりも体の大きなマンタは、最大で横幅7メートル、体重2トンにまで成長する。海水からプランクトン、魚卵、オキアミを濾し取って食べ、まれに小魚も口にする。

 学者らは長年の間、マンタはヒゲクジラやジンベエザメといった他の濾過摂食をする外洋性生物と同じように、食べ物が豊富な海域を求めて世界中の海を泳ぎまわり、数千キロもの距離を回遊すると考えてきた。過去の論文の中には、単独で一気に数百キロを移動したマンタについて記述しているものまである。(参考記事:「ジンベエザメの回遊の謎を解明」

「我々はマンタが他の外洋性生物と同様の行動を取るのだろうと、なんとなく思い込んでいたのです」。論文の主執筆者で、米カリフォルニア州サンディエゴにあるスクリップス海洋研究所の博士課程学生、ジョシュ・スチュワート氏はそう語る(氏の研究は一部、ナショナル ジオグラフィック協会/ウェイト助成金プログラムの支援を受けている)。

 ところがスチュワート氏のチームが、メキシコとインドネシアで18匹のマンタに衛星タグを装着して、1度に最長6カ月間におよぶ追跡調査を行ったところ、マンタは遠くまで移動する習性をまるで持っていないことがわかったのだ。

 それどころか、彼らは短い距離を行ったり来たりするのを好んでいるように見えた。

【フォトギャラリー】マンタ

 論文で発表された追跡データからは、各地点のマンタは、調査期間の95パーセントにおいて直径220キロという狭い範囲にとどまり、それより外にはほとんど出ていないことがわかる。(参考記事:「ウナギ大海原の旅、衛星タグで初めて追跡」

 たとえばメキシコでの調査においては、太平洋岸からおよそ600キロ沖に浮かぶレビジャヒヘド諸島付近でタグを付けられたマンタは、一度も海岸に近づこうとしなかった。

 また、タグを付けたマンタから採取した微小な筋肉試料を調べたところ、各調査地点のマンタには、それぞれ独自の遺伝子的な特徴や食べ物の傾向があることがわかった。これは、彼らが定期的に長距離を移動して他の群れと交配しているという説を覆す発見だ。(参考記事:「定説を覆す、異例だらけの新種クジラの生態」

「これは驚きの結果です。とくにメキシコ沖のマンタの実態や、個体群同士の移動範囲の重なりがこれほど小さかったことは意外でした」と、仏ヨーロッパ大学海洋研究所のマンタ研究者、リディ・クチュリエ氏は述べている。(参考記事:「マグロは時速100キロで泳がない」

地域的な協定と保護策を

 クチュリエ氏もスチュワート氏も、この発見は、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「危急種(vulnerable)」に指定されているマンタの保護活動と大きく関わってくると指摘している。マンタは混獲の犠牲になったり、また伝統的な中国医学で用いる薬の材料として需要が高い鰓板(さいばん)を目当てに狙われることも多い。

 スチュワート氏は言う。「もしあなたが漁業を営んでいて、インド太平洋地域にすむすべてのマンタを捕獲対象としている場合、年に10〜100匹を殺しても多すぎるとは必ずしも言えません。しかしもしマンタが他の群れと交流を持たず、特定の範囲内だけで暮らしているとしたら、その個体群の約半数を殺してしまうことになります」

 一方で、こうした脆弱さを強みとして生かすこともできる。地元自治体に対し、マンタ保護に向けたいっそうの自助努力をうながすのだ。

 現在、マンタは主に2つの国際協定によって守られている。野生のマンタを使った製品の国際取引を禁じるCITES(ワシントン条約)と、マンタ保護に関する国際協定の枠組みとなっているCMS(移動性野生動物種の保全に関する条約)だ。

 どちらの協定もそれぞれマンタの保護に貢献してはいるが、加盟国の多さが足かせとなり、順守をうながす強制力に欠けている。しかし地元だけで成り立つ地域的な協定であれば、利害関係者の数が限られるため、保護活動を実行するまでの時間が短くてすむ。

 NPO「マンタ・トラスト」の設立者で最高責任者のガイ・スティーブンス氏は言う。「メキシコの海に、他の群れとは交流を持たない小規模な個体群がいることが明らかであれば、メキシコは自国だけで、マンタが継続的に暮らし、繁殖できる場所を守る活動を進められるようになります。これならば国際的な協定は必要ありません。彼らはすぐにでも保護活動に取りかかることができるというわけです」

 こうした地元主導型の戦略がすでに実を結んでいる例もある。2013年、「マンタ・トラスト」他複数の保護団体が、インドネシア北東部のラジャ・アンパット諸島の地元自治体と協力して、インドネシア初となるサメとマンタの保護区を設立したのだ。

 とは言え、まだ課題は残されている。とくに重要なのは、他の濾過摂食動物が広い範囲を泳ぎまわっているのに対し、1カ所にとどまっているマンタがどうやって生き延びているのかを解明することだ。(参考記事:「渡辺佑基 バイオロギングで海洋動物の真の姿に迫る」

 5月に科学誌「Zoology」に発表した別の論文の中でスチュワート氏は、マンタは遠くには行かないが、その代わりに垂直方向へ移動しているのではないかと述べている。定期的に深いところまで潜ることによって、食べ物の種類を増やしているというのだ。彼の推測が正しいか否かは、マンタの摂食行動の動画撮影に成功したときに判明するだろう。この動画プロジェクトには、ナショナル ジオグラフィックが動物の体に装着する小型カメラ「クリッターカム」を提供するなどの支援を行っている。(参考記事:「ヒョウアザラシ目線で見る狩り、衝撃の映像と生態」

文=Michael Greshko/訳=北村京子

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