「ダイオウイカは最大20m超」論文めぐり論争勃発

信頼度の高い過去の記録では最大でも約14メートル

2016.06.01
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画家エドワード・エザリントンは伝説の海の怪物”クラーケン”を巨大イカとして描いた。1870年制作の銅版画。(Illustration by Universal History Archive/UIG, Getty Images)
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 新たに発表された驚くべき研究結果が正しければ、全長が20メートルのダイオウイカが広い海で暮らしている可能性がある。

 この推定値は過去に発見された多くの例のおよそ2倍におよぶ。信頼度の高い記録のうち、大きいものは全長10~14メートル程度だった。

「証拠もないのに、多くの人がダイオウイカについていろいろなことを信じています。たとえば、このイカが伝説の怪物クラーケンだったとか、実はかなり小さいとか」。そう語るのは、英スコットランドのセント・アンドルーズ大学の統計生態学者で、今回の論文の単独執筆者であるチャールズ・パクストン氏だ。(参考記事:「【動画】体を点滅させて言葉を交わす巨大イカ」

 だが、5月17日付けの科学誌「Journal of Zoology」に掲載されたパクストン氏の論文は、クラーケン論争を目覚めさせた。現時点では、パクストン氏が主張するように、ダイオウイカ(Architeuthis dux)がこれまでに発見された個体の約2倍の大きさに成長するという証拠はなく、氏の主張に疑いを持つものが現われた。

「この論文で彼の論文の引用数は急増するに違いない。だが、おそらくそのすべてが誤った理由からだ」とダイオウイカの専門家であるスティーブ・オシェイ氏は指摘する。なお、氏は今回の研究には関わっていない。

統計生態学者のチャレンジ

 ダイオウイカはもっとも興味を引かれ、かつ、捕獲しにくい海洋生物のひとつだ。繁殖や寿命、最大の全長など、基本的な生物学についてすらいまだ研究が進んでいない。(参考記事:「まるで宇宙生物! イカを解剖してみよう」

「どのぐらい大きくなるのかを調べるのは簡単に思えるかもしれませんが、ダイオウイカのように採集するのも飼育するのも困難な生物の場合、正確に知るのはきわめて困難です」。こう指摘するのは、軟体動物の専門家で、今回の研究には関わっていない、米国デラウェア自然史博物館のリズ・シェイ氏だ。

1965年10月、カナダのトリニティ湾に漂流してきた体長約6.5メートルのダイオウイカ。この個体を解剖により、ダイオウイカの特大サイズの神経繊維が発見された。『ナショナル ジオグラフィック』1967年3月号より。(Photograph by Robert Sisson, National Geographic)
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 ダイオウイカの実態を解き明かすため、パクストン氏は1世紀以上にわたるダイオウイカの目撃情報、打ち上げられた死骸、そして、マッコウクジラの胃から回収した体の一部を集めた。それらから、イカの体長と、イカの体の大半を占める外套膜(いわゆる頭巾)やオウムのようなくちばしのサイズとの関係を明らかにした。(参考記事:「ダイオウイカを殺すソナーの騒音」

 パクストン氏が特に注目したのは、1879年にニュージーランドのライアル湾に打ち上げられたダイオウイカの外套膜が2.7メートルを超えていたという記述だ。史上最大の記録である。

 自ら集めた一連のサイズに関する情報を元に、氏はライアル湾のものと同じような巨大な外套膜を持つダイオウイカの体長、すなわち外套膜の先端から腕の先端までの長さが、5.8から27.5メートルの間である確率は99.9パーセントであるとはじき出した。

 パクストン氏は上限を「やや広くし過ぎたかもしれない」と述べているものの、統計学上、ダイオウイカの体長は少なくとも20メートルはあると考えて差し支えないとも付け加えた。

 なぜなら、ダイオウイカの個体数は数十万に上ると考えられているからだ。であれば、確率の問題として、一部の個体が特別に巨大になってもおかしくはないという。

「本物のイカが、専門家が言っていたよりも実は大きかったという事例も過去にありました」とパクストン氏。懐疑的な意見が出るのは「彼らのほうが不勉強なだけ」と氏は反論する。

「文献を汚すに等しい」

 その一方で、パクストン氏の文献の使い方を疑問視する専門家もいる。

 シェイ氏とオシェイ氏の両氏は、ニュージーランドのライアル湾の文献では、ダイオウイカの外套膜を支える軟甲の長さが約2メートルで、外套膜より約1メートルも短いことを指摘している。(参考記事:「巨大イカ、目玉は極度の遠視」

直径16.5センチもあるダイオウイカ(Architeuthis dux)の目玉。(Photograph by David Liittschwager, National Geographic Creative)
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 軟甲と外套膜の長さはほぼ同じはずだ。しかし、パクストン氏は、軟甲は計測する前に縮んでしまい、計測結果が釣り合わなくなった可能性があると主張している。また、物見高い現地の人間がナイフでこのダイオウイカの軟甲を切り分けて何カ所かに持っていったという記録があり、そのせいもあるだろうという。

 さらにオシェイ氏は、もし並はずれて巨大なダイオウイカが実在するなら、そのくちばしが、マッコウクジラの胃であれ海底試料からであれ、どこかで発見されてしかるべきだと強調している。にもかかわらず、それほど大きなくちばしはまったく見つかっていない。(参考記事:「49メートルのダイオウイカは偽物だった」

「巨大なダイオウイカの大きなくちばしが見つからないのは、そんなイカが存在しないからです!」と指摘するオシェイ氏は、パクストン氏の分析を「まったくのナンセンスです。文献を汚したに等しい」と手厳しい。

 米国ジョージ・メイソン大学の数学教授で、統計について啓蒙活動を行うサイト「STATS.org」のディレクターを務めるレベッカ・ゴールディン氏は、パクストン氏の主張は統計的には正当であると認めるものの、その結果の当てはめ方には注意を促している。

「統計的な要点としては、この著者は的を射ています。値のばらつきがとても大きいので、これまでに見つかった個体より、クジラが食べてしまったイカのほうがずっと大きかったということはありえます」とゴールディン氏はメールで述べている。氏はこの研究には関わっていない。

「しかしながら、(この分析は)ある特定の体長のイカがどのぐらい見つかりそうかを教えるものではありません」(参考記事:「ダイオウイカ番組の原点はコレでした」

 シェイ氏とゴールディン氏はさらに、ダイオウイカに関するあちこちから集めた情報や、解剖によって伸びたり縮んだりした可能性のある死骸の計測値から結論を導き出していることにも注意が必要だと言う。

 ゴールディン氏いわく、「論文に使われたデータは、雑多な生物学的記録の山からの寄せ集めです!」

文=Michael Greshko/訳=倉田真木

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