ジャガーになった友、アマゾンの現代版“山月記”

ペルー、マヌー国立公園のマチゲンガ族にいまも息づく変身譚・前編

2016.05.30
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ジャガーの成獣のオス。マヌーに生息するジャガーは、獲物をめぐって人間の狩人と競合関係にある。時には人の子どもも襲う。(PHOTOGRAPH BY CHARLIE HAMILTON JAMES, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 人類学者のグレン・シェパード氏は顔立ちは端正だが、熱帯で長年暮らした白人男性の例にもれず、瞳と見比べると肌の老化が目立つ。ペルーのアマゾンに暮らすマチゲンガ族の村で30年近く調査した中で彼が得たものは、日焼けした肌だけではなかった。予期せぬ長い待ち時間、ハプニングや事故にも穏やかな表情を崩さない。熱帯に暮らす人にありがちなそんな能力を身につけていた。「流れに任せることです」。彼は幾度となく私に言った。

 私たちはエンジン付きのカヌーに乗り、タヤコメというマチゲンガ族の村へゆっくり向かっていた。ペルー、マヌー国立公園の中心部にあり、道路は通じていない。(参考記事:「ペルー 先住民たちの豊かな森へ」

 マヌー川は浅く、ココア色だ。グレンはコカの葉を入れた大きなビニール袋を膝の上に置き、私もグレンも葉を頬張った。濃いコーヒーのような味だが、コーヒーよりも効き目は穏やかだ。グレンはチャマイロという甘みのあるつる草と、プイゴロという植物の灰も少しずつ噛んでいた。

 マチゲンガ族における死について、グレンが話し始めた。

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「ある者たちは、ただ天に向かって歩き去るんだ」。以前、グレンも加わって村中総出で、1人のおばあさんを何週間も探し回ったことがある。彼女は服を脱ぎ捨て、姿を消した。その行方はついに分からずじまいだった。

 だがもっと厄介なのはジャガーになる人々だ。南米の神話や伝説に登場する「ワージャガー」と呼んでもいい。(参考記事:「ワージャガーの石像が出土 密林に眠る伝説の都市」

「老人たちのうち」とグレンは言った。「もうろくしたり失禁したりしてつらい晩年を送った者たちは、死後、鼻にタールを詰めなければならない。そうすれば、ジャガーになる前に窒息するから」

「普通のジャガーは村に近づかない」。彼は続けた。「村を襲うような凶暴で攻撃的なジャガーは“ワージャガー”だ。往々にして彼らは大型で、年老いて、牙がすっかりすり減っている。ジャガーに変身することを指す言葉『マエタガンツィ』は、文字通り『毛を生やす』という意味さ。具合が悪くなると夜にそれが始まり、亡くなるとすっかりジャガーになってしまうんだ」

「コルネリオは魔法が使えたんだ」

 グレンはマヌーの主な村々を、自らの出身地である米国バージニア州のようによく知っていた。彼が薬用植物の研究のために初めてここを訪れたのは、プリンストン大学の4年生の時。19歳だった。1987年11月にタヤコメに着いたグレンは、細身で色の白い、真面目な青年だった。

 町に着いて間もなく、グレンはコルネリオ・パスカル・コシャニというおそらく46歳の男と出会った。タヤコメのほかの者たちと同じく、コルネリオも狩猟と採集を行い、自分たちが食べる分だけを作る農家でもあった。パイナップルを作るのがうまく、広い村の一番外れに住んでいた。

「彼は村の外れから40分ほど歩いて、見事なパイナップルをいくつも抱えて戻ってきたよ。完熟でみずみずしかった」とグレンは振り返る。「あんなにおいしいパイナップルは食べたことがなかった。コルネリオは魔法が使えたんだ」

 ゆっくりと時間をかけて2人は絆を強めていった。その後の数十年間、グレンはタヤコメを訪れるときには必ず土産を持って行った。コルネリオにはナイフ、彼の妻には調理用鍋。お返しにコルネリオはパイナップルをくれた。体が衰えて作物の世話が難しくなると、暇になるのが嫌で木彫りを始めた。「彼の作ったスプーンが自宅に何十本とある」とグレンは言う。

「コルネリオは本当に魅力的な男なんだ。いつも笑っていて、美しいラブソングを歌っている。治癒能力のあるシャーマンではないけれど、愛の魔法を知り尽くしている。マチゲンガでは誰がシャーマンかは決して分からない。シャーマンは自分がそうだとは絶対に言わないから」

ペルー 先住民たちの豊かな森へ
フォトギャラリーはこちら(Photographs by Charlie Hamilton James)

優れた狩人になるのと引き換えに

 コルネリオは若かりしころ、危険なあるものに手を染めていた。より強い狩人になるため、そして、獲物の守護神と接触するために、幻覚を誘発するカビニリという植物を食べていたのだ。

 幻覚作用のある物を口にすることは、マチゲンガ族では珍しくない。だが、カビニリを使う者はまずいない。けいれんや幻視が強烈だからだ。マチゲンガ族の人々は、カビニリはジャガーが人間に与えたものだと信じている。欧米風に言えば、願いを叶える代わりに魂を売るファウストとの取り引きのようなもの。優秀なハンターになれる代わりに、老いて死ぬときにはジャガーになってしまう恐れがある。

 カヌーがタヤコメに着くと、船頭の助手のハビエルが浅瀬に入り、カヌーを木につないだ。土手は急で、赤い泥は滑りやすい。私たちは装備を全てカヌーから下ろし、なんとか土手を登った。森の中の道を歩き、ようやく開けた空き地に出た。そこには、黒い矢羽のついた子ども用の弓矢を持った少年が立っていた。マヌーでは銃を持つことは許されない。誰もが弓矢で狩りをする。

 少年の名はデルフィンといった。初対面の私たちに、彼は村での最近の出来事を話し始めた。マチゲンガ族では、この話題は決まって「最近死んだのは誰か」から始まる。彼らの定番の挨拶は文字通り「君のお母さんは生きてるかい」だ。

 グレンがコルネリオの死を知ったのはこの時だった。

ペルーのマヌー国立公園は、世界屈指の生物多様性を誇るだけでなく、多くの人々が故郷と呼ぶ地でもある。マチゲンガ族を始めいくつもの部族が、都市から遠い広大な熱帯雨林に暮らしている。国立公園への道のりと村を訪問したときの様子について、写真家のチャーリー・ハミルトンが語る。長く外部との接触がなかった人々が近代的なるものに出会う経験を取材するには、困難もあった。(「ペルー 先住民たちの豊かな森へ」より)

後編につづく

文=Emma Marris/訳=高野夏美

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