そして、ダム計画は立ち消えになった

中国で唯一ダムのない川、怒江に暮らす人々とダム計画の行方(3)

2016.05.26
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中頂村を流れる怒江に建設中の橋で働く作業員たち。中国政府は、この道路をチベット自治区の中心地ラサへ続く主要幹線道路に拡張する計画を立てている。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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◆前回、前々回の記事はこちら
第1回 「東洋のグランド・キャニオン」、ダム計画を変更へ
第2回 中国の川「怒江」、ダム計画と世界遺産への登録

 “東洋のグランド・キャニオン”とも呼ばれる中国最奥の川、怒江(ヌージャン)に13基のダム建設計画が立ち上がったのは2003年のこと。しかし、計画はなかなか進まなかった。背景にあるのは、計画立ち上げとほぼ同時期にこの地域が世界遺産に登録されたこと、そして起伏の激しい地形のために送電網の設置が困難なことだ。

 環境保護活動家によると、建設計画が遅れている理由は他にもある。

 2008年、隣接する四川省で大地震が起こり、8万人が死亡した。これをきっかけに、中国南西部で地殻変動が起きた際にインフラが被るリスクに注目が集まった。一方で、四川地震の4年前に、断層近くにダム湖が建設されたことが地震の原因ではないかという議論が持ち上がったのだ。(参考記事:「ダム建設に揺れるメコン川」

地震の不安、政府の癒着

 3年後、2人の著名な地質学者が当時の首相温家宝氏へ書簡を送り、活断層のある怒江峡谷にダムが建設されれば、大規模な地震が起こった場合に持ちこたえられないだろうと警告した。

「いかなる鉄筋コンクリートのダムでも、怒江の活断層による揺れに耐えることはできないでしょう。また、河岸での大規模な山崩れや地滑り、土石流を防ぐことも不可能です」と地質学者らは指摘する。

 書類上はいまだに、5基の怒江ダム建設計画が残っている。1基は丙中洛(ビンジョンルオ)上流のチベット自治区内で、残りの4基は雲南省内だ。数年かけて調査しているにもかかわらず、雲南省はまだ必要な環境調査報告を公開していない。建設を計画する地元当局と中国華電集団公司へのインタビューを試みたが、どちらも実現していない。

大きな空港のある保山と、怒江への玄関口である六庫をつなぐ高速道路に建設中のトンネルで働く労働者。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 習近平国家主席は3年前の就任以来、中国が過去に起こした環境破壊行為と絶縁するかのように、「エコ文明」の創設を推進してきた。また政府内の癒着を一掃すべく、怒江ダム建設を支持していた有力者を含む多数の役人を排除した。

 雲南省での水力発電と採掘事業に積極的だった白恩培(バイ・オンペイ)氏もそのうちのひとりだった。白氏は2000年から2011年まで同省共産党委員会書記を務めていたが、採掘業者へ採掘許可を発行する際に賄賂を受け取っていたとして、2014年に逮捕された。

 この事件で、雲南省は怒江ダムへの熱意が冷めてしまったのだと、環境保護団体「緑色流域」代表の于暁剛(ユー・シァオガン)氏は言う。

グランド・キャニオンを超える観光地へ

 2016年3月、同省の現共産党委員会書記の李紀恒(リー・ジーホン)氏は、怒江での新規の小規模水力発電プロジェクトと採掘事業を禁止すると発表した。そして、この地域で芽生えつつある観光業を育成するために、国立公園の創設を検討していることも示唆した。

 中国の国営ラジオ局、中央人民広播電台によると、李氏は「怒江は、この先5年から10年の間に、米国のグランド・キャニオンをも超える世界級の観光地となるでしょう」と、語ったという。

 于氏をはじめとする環境保護活動家は、李氏の発言が政府の重要な政策転換を示していると見ている。雲南省の指導部は密かに、怒江での大小含めた水力発電計画を、国際的な観光名所開発への青写真と置き換えようとしているという。(参考記事:「環境大国をめざす中国」

怒江の川べりに建設された棉谷村。森林伐採を減らすため、中国政府は山に住む人々を川の側へ移住させる住宅計画を実施している。乾期には青緑色を帯びた透明な怒江は、春の雨が多い時期になると泥で茶色に濁る。(PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, NATIONAL GEOGRAPHIC)
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 ダム計画の話は、とうの昔に住民たちの話題に上ることもなくなった。たとえ上ったとしても、日々の生活から気を紛らわせる程度の話題でしかない。大規模農業に向かない険しい峡谷の上流では、村人たちはわずかな収入を補うために、登山客相手に道端で果物を売ったり、ゲストハウスを提供している。氾濫原が広い下流の地域では、コーヒー、タバコ、トマト、イチゴ、その他高く売れる農作物が栽培されている。

 ダムが建設されれば、川の水量が増してこれらの農地は失われてしまう。ダムを見に観光客はやってくるかもしれないが、現在のように自然を愛する旅行者を相手にした小規模ビジネスは成り立たなくなるだろう。

楽園のままではいられない

 ダムがあろうとなかろうと、東洋のグランド・キャニオンと呼ばれる怒江は、いつまでも外界から隔絶された楽園のままではいられない。既に、峡谷を貫く狭い道路の拡張工事が始まっており、数年以内にチベット自治区の中心地ラサへ続く自動車道が完成する予定だ。(参考記事:「絶景「三江併流」の玄関口、雲南省シャングリラ県」

 ある昼下がり、怒江上流にある迪麻洛(ディマルオ)村の広場で、音楽家のフシさんは友人らとともに、ピワンと呼ばれるチベットの弦楽器を演奏し、後日開かれる祭りで披露する踊りの練習をしていた。フシさん(チベット人の多くは姓を持たない)は、数年間北京に住んでいたが、澄んだ空気と雄大な景観、ゆったりと流れる時間が懐かしくなって、故郷へ戻ってきたという。彼の腕にはチベット語で「純粋な心」と書かれた刺青が入っていた。

 フシさんは村に戻ってきてホッとしたと語るが、ここにも少しずつ外の世界が入り込んできているという。「誰もが、このような場所を夢見ているんです」

おわり

◆前回、前々回の記事はこちら
第1回 「東洋のグランド・キャニオン」、ダム計画を変更へ
第2回 中国の川「怒江」、ダム計画と世界遺産への登録

【フォトギャラリー】世界遺産の秘境、怒江に暮らす人々

文=Stuart Leavenworth/写真=Adam Dean/訳=ルーバー荒井ハンナ

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