諏訪湖の御神渡り600年の記録が伝える気候変動

日本とフィンランドの定点観測記録を国際研究チームが解読・分析

2016.05.02
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2012年、結氷した諏訪湖湖面に現れた御神渡りの付近で「御渡(みわた)り拝観の神事」が行われた。近年、御神渡りの出現は減りつつある。(PHOTOGRAPH BY KYODO, AP)
[画像のクリックで拡大表示]

 長野県の諏訪湖は、冬に全面結氷すると、昼夜の温度変化によって氷が収縮・膨張し、湖面に収まらなくなった氷が表面を割って、山脈のようにせり上がる。「御神渡り(おみわたり)」と呼ばれるこの現象は、神道の神が湖を渡った足跡だという言い伝えがある。少なくとも西暦1443年以降は毎年、諏訪湖のほとりにある神社の神官が、御神渡りの出現日を丹念に記録してきた。

 一方、遠く離れたフィンランドでは1693年、商人オロフ・アールボムが、スウェーデンとの国境を流れるトルネ川の氷が春の訪れで解けた日時の記録を付け始めた。1715年にはロシアの侵略から避難せざるを得ず、記録は途切れてしまったが、1721年に帰郷すると記録を再開。以来、彼に続く観察者たちが現在まで記録を付けている。

 近代的な観測が始まる前の気候について科学者が手がかりを得ようとすれば、使えるのは樹木の年輪、氷床コア、花粉の堆積に見られる変化など、間接的な証拠がほとんどだ。だが日本とフィンランドで長期にわたって蓄積されてきた氷の観察記録は、私たちの先祖が経験してきた気候をより直接的に教えてくれる。(参考記事:「北極点遠征が風前のともしび、温暖化の影響で」

結氷・解氷のリズムとCO2濃度が相関

 米ウィスコンシン大学マディソン校の生態学者ジョン・マグナソン氏が、日本とフィンランドにある記録の存在を知ったのは1990年代のことだ。そこで同氏は複数の国から研究者を集めてチームを作り、北半球の2地点で付けられた気候記録を比較しようとした。

 だが、長期にわたる膨大な記録について、より詳細な分析が可能になったのは最近のことだ。カナダ、ヨーク大学の生態学者、サプナ・シャルマ氏がチームに加わったことで研究が大きく前進した。マグナソン氏とシャルマ氏らの研究チームは、もろい和紙などに記された記録を翻訳し、地域の自然条件等について専門家に意見を仰いだ。加えて諏訪湖の場合には、暦を読み解くのに悪戦苦闘を強いられた。「まさしく学際的プロジェクトでした」とシャルマ氏は振り返る。

 研究結果は、2016年4月26日付で科学誌「ネイチャー」のオンラインジャーナル「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載された。それによると、産業革命以来、結氷と解氷の時期は年々変化が大きくなっている。そして諏訪湖とフィンランドの双方で、毎年の結氷・解氷のリズムと、大気中の二酸化炭素濃度との関連が次第に強くなっていることが示唆されるという。

 極端な変化も最近になるほど多い。論文によると、例えば諏訪湖の御神渡り出現を記録し始めてから最初の250年間で、湖が凍らなかった年は3回しかなかった。それが1955年から2004年までの期間には、結氷しない年が12回あり、2005年から2014年までには5回あったという。

大作映画のような記録

 これまで多くの科学者たちが、野鳥観察家や植物学者などが残した、気候変動の証を観察した記録をつぶさに調べてきた。1800年代半ばにヘンリー・デイビッド・ソローがウォールデン湖で書き留めた記録を見ると、現在よりもかなり遅く花を咲かせていた植物がいくつか確認できる。博物学者ジョセフ・グリネルは1900年代初めから米国カリフォルニアの野生生物を異常なほど熱心に観察したが、その結果からは、哺乳類の一部が従来の生息域から北上したり、標高の高い場所へ移動したりしていることが分かる。(参考記事:「写真で証明する:氷河融解」

 これらの観察が比較的新しい時代のスナップ写真のようなものであるのに対し、日本とフィンランドの氷の記録はさながら大作映画だ。人類が長年かけて気候に与えてきた変化の物語をはるかに完全な形で伝えている。

 世代を超えて静かに続けられてきたこれらの記録は、来たる変化に対処するために人間がどう力を合わせ、生き抜いていけるかの指標となる。今回の論文で、著者らは考察をこう締めくくった。「もし大気中の二酸化炭素濃度と気温が上昇を続ければ、神道が伝える神は、ある年を最後に諏訪湖を渡れなくなるかもしれない」(参考記事:「北極海の海氷が減っている」

文=Michelle Nijhuis/訳=高野夏美

  • このエントリーをはてなブックマークに追加