家の中に坂や川? ユプノ族の言語世界を解明

パプアニューギニアの先住民は架空の「小さな世界地図」で方向を表現する

2016.04.18
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山の中腹に点在する伝統的な家。パプアニューギニアのユプノ渓谷で撮影。(Photograph by Rafael Núñez)
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 シベックさんの家は斜面に建っていて、扉は坂の上に面している。つまり扉の外は上り坂だ。ところが、扉から反対を向いて家の奥に進むとき、彼は「上り坂」を歩いている。家の床は水平であるにもかかわらずである。なぜなら、シベックさんたちの言語では、屋内には屋外と無関係な架空の坂が存在するためだ。

 これは、ユプノ族の言語に見られる顕著な特徴の一つだ。パプアニューギニアのフィニステラ高原に暮らす約8000人がこの言語を話す。世界を見渡すと、左・右などの体を中心とした対比、東・西などの基本的な対比が多くの言語で使われているが、ユプノ語では現地の地形を基準に空間的な関係が表現される。(参考記事:「各地で火山噴火:パプアニューギニア」

 環境を基準にした方位の表現は決して珍しくない。北極圏やアマゾン川流域、ヒマラヤ山脈の現地語にも見られ、さまざまな文化で上流・下流、陸側・海側のような対比が用いられている。

 しかし、研究者によると、ユプノ語ではこうした対比が非常に広範囲に応用されているという。ユプノ族は村の坂で方位を表現するだけでなく、平らな屋内空間にも、坂がある「小さな世界」をつくり出してしまうのだ。(参考記事:「インド山岳地帯で未知の言語を確認」

 米カリフォルニア大学のラファエル・ヌニェス氏は「家に入ると、実際の地形図は消え去り、新しい地形図を基準に話が進みます」と説明する。ヌニェス氏らの研究にはナショナル ジオグラフィック協会も資金を提供している。「彼らは“谷の上側”、“谷の下側”、“上り坂”、“下り坂”などと言います。完全に水平な家の中にいて、ある体系にもとづいて表現しているのです」

扉の中には「上り坂」

 ユプノ族のグア村にある伝統的な家には扉が1つしかなく、中央にいろりがある。森林と草原から成る谷に家が立ち並び、坂の上側に面する家もあれば、下側に面する家もある。道路が整備されていないため、食べ物や水、日用品は坂の小道を使って運ぶ。つまり、日常的に坂を上り下りしているということだ。

 ヌニェス氏のチームは2009年、ユプノ族が上りと下りで時間を表現することについて研究していた。ユプノ語では「上り坂」は未来、「下り坂」は過去を表す。チームの一員であるシカゴ大学のケンジー・クーパーライダー氏は、最初は屋内と屋外で違いがあるとは思っていなかったため、被験者がどこにいるかを気にしていなかった。ところが間もなく、興味深い変則性があることに気づき始めた。屋外の地形と全く異なる方向を指し、「上り坂」のジェスチャーをするといったことが続いたのだ。

 そこで、チームはまず、坂の上側に面する家と下側に面する家を使い、空間言語の比較を行った。すると、ほぼすべての被験者が家の向きに関係なく、入口の扉から始まる「上り坂」を家の中に描き出していることがわかった。

家の中央に川が流れる

 2013年、チームは再びグア村を訪れ、屋内に描き出した地形図が自然に使われるものかどうか、つまり、無意識に小さな世界をつくり出しているかどうかを調べた。この実験では、成人16人が2人組になって、ある作業を行った。2人は、同じ組み合わせの複数のフィギュアを渡され、お互いが見えないように仕切られる。うち1人のフィギュアは、あるパターンで並べられている。彼はそのパターンを仕切りの向こうのパートナーに説明し、パートナーにも同じようにフィギュアを並べてもらうという課題が出された。

「おんどりを立たせて。頭は君が座っている方向。トウモロコシは寝かせて。扉の方向に」と1人目が呼びかける。

 実験の結果、上り坂と下り坂の対比は、屋内、屋外にかかわらず、高い頻度で自然に使われることがわかった。しかも、屋内で使用された対比の91%は、頭の中に描かれる小さな世界と一致していた。3月に発表された研究論文によれば、すでに確認されていた入口の扉からの「上り坂」に加え、いろりから壁への「上り坂」という第2の軸も存在するという。

 これらの軸は屋外の地形と一致しない場合もあるが、ユプノ族の人々は構わず使用する。グア村はなだらかな斜面の谷に位置し、1本の川が流れている。人々はいろりの上にこの川を描き出し、扉に向かって「谷の下側」に流れる風景を想像しているのではないかと、研究チームは考えている。川の両岸には垂直方向の急斜面があり、これらがいろりから壁への「上り坂」になったのだろう。

 これまでにも複数の人類学者が、大きな世界の地図を小さな世界に投影する行為が起こり得ることを示唆している。しかし、ユプノ族は日常的に小さな世界の地図で空間を表現している。このような事実が示されたのは今回が初めてだ。しかも、子供が参加した3度目の実験で、このような表現が若いころから行われていることも証明された。

 今回の研究を率いたヌニェス氏は、空間的な対比を表す言葉がしばしば用いられる血縁関係、感情、数字などの複雑な概念について、ユプノ語の成熟度や柔軟性を知りたいと考えている。例えば、英語の場合、「上の世代(the generation above)」「気分が下がっている(feeling down)」などの表現がある。

 長期的には、ユプノ族をはじめとする先住民の言葉の素晴らしさを明らかにすることで、現代社会との結び付きがどんどん強まっている先住民の暮らしを助けたいというのが、ヌニェス氏の願いだ。 (参考記事:「先住民10人の「声」」

文=Karen Emslie/訳=米井香織

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