「国際アルビニズム啓発デー」が作られた理由

毎年6月13日に国連が制定。止まないアルビノへの暴力と差別

2015.06.17
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タンザニアのカバンガ保護センターで同じ疾患を持つ子供たちと共同生活を送るアルビノの少年。この施設は、2008年にアルビノ殺害事件が頻発したことから開設された。ここに暮らす住人の3人に1人がアルビノだ。(Photograph by Stephanie Sinclair)
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 2015年6月13日は国連が制定した初めての「国際アルビニズム啓発デー」となった。そのきっかけとなったのは40年前、アルビニズム(先天性白皮症。その患者は「アルビノ」と呼ばれる)のカナダ人少年ピーター・アッシュが、弱視や色素の薄い肌、白い髪などを理由にいじめにあったことだった。

 嘲笑と暴力に苦しむ日々を生き延びたアッシュ氏は数十年後、世界には不幸にもアルビノへの偏見が原因で命を落とす子供たちがいることを知る。サハラ以南のアフリカでは、アルビノはゼルゼル(「無」の意)と呼ばれる霊体とされ、愚鈍、あるいは邪悪なものと考えられている。アルビノを人間以上の存在とあがめる者もいれば、逆に人間以下とさげすむ者もいる。(参考記事:「ナイフで自衛、タンザニアのアルビノ」

 アルビノの体を富、豊穣、選挙の勝利など、幸運をもたらす秘薬の材料として欲しがる呪術医もいる。各国の赤十字社をとりまとめるスイスに拠点のある「国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)」によると、アルビノの腕には4000ドル、全身(四肢、生殖器、耳、舌、鼻)であれば7万5000ドルもの値がつくこともあるそうだ。(参考記事:「タンザニアで続くアルビノ狩り」

 アフリカを初めて訪れた際、両手両足を切断され、喉を切り裂かれ舌を抜かれた6歳の女の子の家族にアッシュ氏はタンザニアで出会った。何か自分にできることがあるはずだと考えた彼はその後、不動産投資家からアルビノに関する啓蒙を行う活動家に転身し、国連に働きかけて「国際アルビニズム啓発デー」の制定に尽力した。

カバンガ保護センターで暮らす姉妹が髪を結い合う。報道によるとタンザニアでは過去5年間で60人以上のアルビノが殺されており、アルビノたちは「つねに追われているような気持ち」で暮らしている。(Photograph by Stephanie Sinclair)
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選挙のたびに被害者が増加

 アルビニズムがもっとも多く発生し、もっとも恐れられている地域はサハラ以南のアフリカだ。タンザニアでは1400人に1人がアルビノとして生まれてくる。

 北アフリカやヨーロッパでは、その割合は2万人に1人とぐっと少なくなる。両親とも肌や髪の色素がごく普通だとしても、それぞれがアルビノの劣性遺伝子を持っていれば、生まれてくる子供はアルビノになりうる。アルビノは視力が弱く、皮膚がんになるリスクが高いが、知性や能力が劣ることはない。

 アッシュ氏が設立したNPO「アンダー・ザ・セイム・サン(Under the Same Sun)」によると、サハラ以南の25カ国では過去15年間に少なくとも378人(うち3人に2人は子供)のアルビノが殺されるか、手足を切り取られるかしており、そのうち約半数はタンザニアで起きている。

「選挙の時期が来るたびに、アルビノを狙った殺人が増加します」とアッシュ氏は言う。タンザニア政府は今月、呪術に頼らないよう政治家に警告した。またアルビノの女性と性交渉を持つとエイズが治るという迷信を信じる男たちによるレイプ事件も頻発している。(参考記事:「レイプの標的に、タンザニアのアルビノ」

 アルビノに対する暴力事件に苦慮するタンザニア政府は2008年、アルビノの子供たちを集め、もともと視覚障害者などを受け入れられる9つの施設で学校教育を行うことを決めた(アルビノは視覚障害を伴うことが多い)。上の写真は、そうした施設の1つ「カバンガ保護センター」で撮影されたものだ。(参考記事:「安息の地、タンザニアのアルビノ」

嵐が近づく中、皿を手に食堂へ向かう子供。センターの子供たちは安全と引き換えに、家族と遠く離れて暮らすことを余儀なくされる。(Photograph by Stephanie Sinclair)
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「つねに警戒態勢で移動します」

「アンダー・ザ・セイム・サン」によると、こうしたアルビノ専用の学校は定員オーバーの状態であり、なおかつ、有用ではないという。彼らは代わりに、幼稚園から大学まで、アルビニズムに理解のある職員がいる私立の学校に320人のアルビノの子供たちを通わせる活動を支援している。こうした子供たちが社会で活躍できるよう育成し、アルビノに対する見方を変える役割を果たせるようにするのが目的だ。

「我々が支援した子供たちの中には、首相官邸で働く女性経済学者がいますし、大手銀行の行員や、教師になった子もいます」

「国際アルビニズム啓発デー」のためにタンザニアに滞在している間、アッシュ氏は身の回りの警戒を怠らなかった。彼はタンザニアの新聞やテレビに頻繁に登場し、アルビノ襲撃に対する政府の甘い対応について厳しい意見を述べてきたため、「移動するときはつねに身の安全に気を配る」ことを忘れない。

 中国やインドなど他国の地方でも、アルビノの子供は不幸をもたらすとして孤児院に入れられたり、街頭で物乞いをさせられたりすることが多い。インドでは先月、小学校1年生のある教師がアルビノの少女の母親に向かって、少女をもう学校に来させないようにと言ったという。「他の子の親から、彼女は白すぎるので自分の子供たちと一緒に勉強してほしくないという要望があった」というのが教師の言い分だ。

 アッシュ氏の兄のポールが生まれたとき、病院の職員は単に「お子さんは金髪ですね」と言っただけだったそうだ。やがて母親がポールの視力が弱いことに気付き、そこではじめてアルビノと診断された。

 まもなく50歳になるが、いまだにアルビニズムについて専門知識をもたない医療関係者に出くわすことがあるとアッシュ氏は言う。「実際にアルビノに会ったことがある人はほとんどいないのです」

文=Susan Ager/訳=北村京子

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