中国の一人っ子政策が生んだもの

一人っ子政策が正式に廃止された中国。今後どのようなことが起こるのだろうか?

2015.11.05
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2013年に一人っ子政策が緩和された際、安徽(あんき)省で初めて二人目の子どもの出産を許された女性。娘が母のお腹に耳をあてる。PHOTOGRAPH BY CHINA DAILY, REUTERS
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 中国の一人っ子政策は、人口を抑制して経済成長を促すことを目的として始められた。だが、その結果、強制的な避妊手術や中絶、嬰児の殺害、不幸な結婚などが増える事態を招いた。

 中国共産党中央委員会は2015年10月29日、国民の間でも特に評判が悪かったこの政策の廃止を決定した。先日、『One Child: The Past And Future Of China’s Most Radical Experiment(一人っ子:中国のもっとも過激な実験における過去と未来)』と題した本を出版した元ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記者で、2007年のピュリツァー賞を受賞(海外報道部門で同紙の取材チームの一人として受賞)したことでも知られるメイ・フォン氏に、一人っ子政策がもたらした悲劇について話を聞いた。(参考記事:ここがスゴイ! ピュリツァー賞受賞写真 「第1回 そもそもピュリツァー賞とは?」

―― 中国が今、一人っ子政策廃止を決定したのはなぜでしょうか。

 現在の中国の人口構成は、男性と高齢者がとても多く、若者が少なくなっています。一人っ子政策のために、この国の人口比率は危ない状況に陥っています。この先、子どもが増えなければ、大量の高齢者を支えるのに見合う労働力は確保できないでしょう。今は、高齢者1人を現役世代5人で支えるようになっています。

―― 中国は6億人の国民を貧困から救い出しました。一人っ子政策は、こうした急激な経済成長の起爆剤となったのではないですか。

 ジャーナリストがよく持ち出す説ですね。ただ、中国政府は6億人を貧困から救い出したというより、国民が自らの力で貧困を抜け出したととらえるべきだと私は考えています。確かに、有効な政策もありましたが、それは一人っ子政策よりも、外国投資を促したり、民間起業に対する障壁を撤廃したりといった政策のほうでしょう。

中国、チャプチャル・シベ自治県の小学校で授業を受ける子どもたち。PHOTOGRAPH BY ADAM DEAN, THE NEW YORK TIMES/REDUX
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 経済成長を促したもう一つの要因に、人口の増加があります。中国は60年代から70年代にかけて人口が爆発的に増加しました。その世代が成長して、80年代から90年代にかけての製造業ブームでは労働力として活躍したのです。その彼らも今や高齢者となり、政府は彼らを支えなくてはならなくなりました。このことが、将来的な成長の足かせとなっているのです。

―― 一人っ子政策によって人々はどんな犠牲を強いられたのか、その具体例を教えてください。

 私は2008年に起きた大地震(四川大地震)の後、深セン市を訪れました。この地震では7万人以上の人が亡くなりましたが、実は犠牲者の多くは子供でした。地震で、多くの校舎が倒壊したからです。地震の後、子供を亡くした親の中には避妊や精管切除の手術を受けた人もいて、それを元に戻す手術を受けようと、病院に殺到したのです。

 地震で16歳の娘を失ったある夫婦がいました。既に妻は50代に入り、地震後に子供を授かることは難しいと、夫妻はわかっていました。それでも彼らは必死にならざるをえなかったのです。「村では、私たちはつまはじきにされています。子どもがいなければ、この先役立たずのお荷物になってしまうからです」。夫はそう言っていました。中国の農村部では、子どもは経済の安定を保証する存在であり、この夫婦は子どもを亡くしたことで、社会的、経済的地位も失ってしまったのです。

―― あなたは政策担当者として中絶を強要した人物(女性)も取材されていますね。彼女について聞かせてください。

 この女性は中国南部で長年、中堅官僚として働き、在任中に強制的な中絶を1500件以上指示したそうです。その多くが妊娠後期の中絶でした。私はハロウィンの直後、現在は米国に住んでいる彼女に会いに行きました。(参考記事:ハロウィンのトリビア

 彼女は近隣の子供たちにキャンディを配ったと言っていましたが、私はその話を、まるでホロコーストの後でブラジルに亡命したSS(ナチスドイツの親衛隊)将校に話をきいているような気持ちになりました。彼女が口にした言い訳は、SSのものと同じです。「選択の余地はなかった。私は自分の仕事をしただけだ」というわけです。

 彼女自身は、娘を一人産んだ後、男の子を一人養子として引き取っています。つまり、当時は一人っ子政策に反する行為だったわけで、彼女は息子の存在を隠していました。彼女は、昼と夜でまったく逆の態度をとっていたわけです。

―― 一人っ子政策のせいで男女の数の不均衡が生まれ、多くの男性がこの先、結婚相手を見つけられないだろうと予想されています。中国のいわゆる「独身者村」を訪ねたときのことについて聞かせてください。

 中国の農村部では女性が足りないせいで、「花嫁に値段を付ける」という古い風習が復活しました。90年代に、その価格は、10年分の農家の収入と同程度にまで急騰しました。男性一人が結婚しようとすれば、彼の家族全員が親戚中に頭を下げてお金を借りなければならず、こうした状況から詐欺も横行するようになりました。

 私が会ったある村人は、別の地方の出身の女性を紹介されました。彼がその女性と結婚すると、村の男性たちは彼女に、誰か嫁に来てくれる人はいないかと尋ね、彼女は友人たちを紹介しました。全員が結婚して、うまく行ったように見えましたが、1カ月後、花嫁への対価が支払われると、花嫁たちは全員、姿を消してしまったそうです。

―― 中国の農村部では、毎日のように市民の暴動が起こっています。一人っ子政策の廃止には、地方の人々の不満のガス抜きという意味合いもあるのでしょうか。

 一人っ子政策は、政府が出産を包括的に管理するものです。ですから、これが二人っ子政策になったとしても、規則を守らない人間に何らかの罰則が課される構図は変わらないでしょう。自由に子どもをもてる時代となったわけではないのです。そう考えると、男女数の不均衡という長期的な問題に起因する社会不安が、すぐになくなるとは思えません。とにかく、今の中国では、花嫁を見つけられない孤独な男性の数が多過ぎます。

文=Simon Worrall/訳=北村京子

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