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過激派組織の攻撃を逃れ、イラク北部の故郷を離れた少数民族ヤズディ(ヤジディ)の人々。一人ひとりの言葉や写真から、ニュースで報じられない人間の物語が浮かび上がってくる。

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異郷のヤズディ

過激派組織の攻撃を逃れ、イラク北部の故郷を離れた少数民族ヤズディ(ヤジディ)の人々。一人ひとりの言葉や写真から、ニュースで報じられない人間の物語が浮かび上がってくる。

写真・文=林 典子

 職場の工場へと続く国道で車を走らせながら、24歳のアワズがため息をついた。「毎日、昼の2時から夜中の12時まで、流れ作業で部品を作っている。まるでロボットよ。私は教育を受けさせてもらい、昨年イラクの歯科大学を卒業したばかり。いったいアメリカで何をやっているのか。来たのは間違いだった」

 アワズはイラク出身のヤズディ(ヤジディ)教徒。2カ月前の2017年1月に運転免許を取得し、工場の給料で買った中古車で通勤する。

 2014年8月、ダーシュ(過激派組織「イスラム国」の中東での呼称)がイラク北部のシンガル山麓に暮らす約30万人のヤズディの村々を攻撃して以降、ヤズディたちはイラク各地、そして世界中へ散っていった。

 ここ米国ネブラスカ州の州都リンカーンには2000人を超えるヤズディのコミュニティーがある。イラク戦争後、ヤズディの多くの若者はイラクに駐留していた米軍の通訳として働いた。現在、米国は元通訳のヤズディとその家族の入国を認め、米国永住権(グリーンカード)の発給や約900ドル(約10万円)の一時金の支給、個人差はあるが食費や生活費の補助といった支援をしている。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2017年10月号(amazon)でどうぞ。

編集者から

 この特集は、2016年3月号に掲載した「迫害されるイラクの少数派」の続編に当たります。前回紹介したサラを含め、過激派組織の攻撃を逃れて世界各地に散っていたヤズディの人々は、避難先でどんな生活を送っているのでしょうか。
 今回の特集で紹介するサラやアワズ、バスマもそうですが、2013年7月号の特集「キルギスの誘拐婚」のディナラなども、林典子さんの写真を通してしか知らないのに、なぜか直接会ったことがあるような気がしています。それはきっと、林さんが一人ひとりのことを深く知ったうえで写真を撮り、読者に物語として伝えてくれているからでしょう。
 林さんは写真集『ヤズディの祈り』のなかで、こう書いています。「写真に写るひとりひとりについて、何かを想像していただけたらと願っている」(T.F.)

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