明治神宮の境内の木々は、100年前に「永遠の森」を目指して植えられた。自然に任せて変化してきた鎮守の森には、今では豊かな生命が宿っている。

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明治神宮 祈りの森、百年の生命

明治神宮の境内の木々は、100年前に「永遠の森」を目指して植えられた。自然に任せて変化してきた鎮守の森には、今では豊かな生命が宿っている。

文=江口 絵理/写真=佐藤 岳彦

 古来、日本では巨木や深い森に覆われた山は信仰の対象となってきた。社殿が造られるようになってからも、神の鎮まるところを囲む森は「鎮守の杜」と呼ばれている。明治神宮の境内に茂る木々も、こうした鎮守の杜として残されてきた原生林のように見えるが、意外なことに、この森は「人が造った森」だ。

「永遠に生き続ける森」をデザインする

 明治天皇と昭憲皇太后を祭る明治神宮は、1920年に国民の要請によって創建された。天皇崩御に際し、亡き天皇をしのぶ地として神社を造ろうという機運が一般の人々の間で大きなうねりとなって、政府を動かしたのだ。

 数ある候補地のなかから選ばれたのがこの代々木の地だったが、当時は、かつて大名の江戸屋敷だった庭園を除けば、わずかなマツやスギの林があるばかりで、ほかは荒れ地と呼ぶほかないような野原や裸地が広がっていた。

 この荒れ地に、神を祭るにふさわしい森を現出させなくてはならない。前代未聞のミッションに取り組んだのが、ドイツで林学を学んだ本多静六、本多の研究室の講師だった本郷高徳、同研究室の大学院生だった上原敬二の3人だ。

 神の鎮まる森は、人の手を借りずに永続しなくてはならない。そのためには、はるか昔にこの地を覆っていた、シイやカシなどの常緑広葉樹の森を目指せばよい。この地での最も安定した「極相林」として、自然に世代交代を繰り返し、永遠に生き続ける森となるからだ。

 こうして森の姿が定まり、植える樹種が決まると、全国から我も我もと献木の申し出が届いた。その数はおよそ10万本。運搬や植樹のための労働力を提供しようと全国各地で青年団が発足し、延べ11万人が力を尽くした。
 そして今、森の誕生から100年が経過しようとしている。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2016年1月号でどうぞ。

編集者から

 写真家の佐藤岳彦さんと初めてお会いしたのは、3年ほど前だったと思います。写真エージェントに勤める知り合いから、明治神宮の動植物を撮っている人がいる、と紹介されたのです。そして写真を見せていただき、お話をしました。そこには、普通に神宮を参拝するのでは目にできない生き物たちの世界がありました。「誰もが知っている場所の誰も知らない世界」。そのときから、いつか本誌で取り上げたいと考えていました。
 佐藤さんは大学院で森林動物学を学ばれた経歴の持ち主。ナショジオの写真家のなかには、そうした学術的な分野から写真家になった人もいますが、日本では珍しいと思います。本誌で紹介した明治神宮の森の生き物たちの写真は、明治神宮鎮座100年を記念した境内総合調査の公式写真家として佐藤さんが記録したものです。専門的な知識と生物たちへの情熱をもっている佐藤さんにうってつけの仕事だったのではないでしょうか。実は佐藤さんの仕事はまだ終わっていません。現在、継続調査が行われていて、佐藤さんも撮影を続けているのです。まだまだ、知らない世界を見せてもらえそうです。(編集S.O)

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